ある兄弟の物語
投稿者: korea_cup_2002 投稿日時: 2002/07/06 04:42 投稿番号: [49470 / 99628]
ある兄弟がいました。
兄はキムチ兄さんといい、弟はイル坊といいました。
キムチ兄さんは年上だったのでイル坊よりも何年か先に学校へ通い始めました。
学校から帰ったキムチ兄さんは弟のイル坊に
「今日は漢字と仏教を教えてやるぞ」
と得意満面でイル坊に教科書を見せるのでした。またイル坊も目を輝かせてキムチ
兄さんのお話に熱心に耳を傾けるのでした。
何年方ってイル坊もようやく学校へ通う年になりました。
ところが学校へ行ってみると衝撃的な事実を目の当たりにします。
キムチ兄さんはおうちでは偉そうな顔をしてたのに学校では劣等生でイジめられっ子ではありませんか。
やがてイル坊はキムチ兄さんから次第に距離を置くようになります。
また何年か経ちました。イル坊は何時の間にか優等生で運動もこなし、
学校中にその名を知られるようになりました。
近所のおばさんからは「賢いねー。すごいねー。」といわれます。
そんな中、キムチ兄さんは相変わらずのナカズトバズでした。
この頃からでした。キムチ兄さんの心の中でドス黒く渦巻くものが徐々に膨らんでいったのです。
不幸なことに丁度その頃イル坊も反抗期を迎えていました。
ある日、いつもキムチ兄さんを苛める上級生のウォッカ君を激闘の末、打ち負かしてしまったのです。
このころからイル坊は少々天狗になっていきました。
とうとうある日、晩ご飯のおかずをめぐって喧嘩になってしまいました。
結果は明らかでした。イル坊はあろうことかキムチ兄さんをボコボコにしてしまったのです。
イル坊はキムチ兄さんにこう言いました。「これからは僕のお下がりを着ろ。」と。嫉妬深さでは誰にも負けないキムチ兄さんにとってこれは大変な屈辱でした。2人の溝は決定的なものとなります。
しかし、さすがにワールド父さがここでイル坊を叱り付けました。
ところが少々天狗になっていたイル坊はとうとう父にも勝負を挑んでいったのでした。
しかし流石に大人と子供です。今度はイル坊がボコボコにされてしましました。
それから年月が経ち、やがて2人は青年期を迎えます。あの事件以来、2人は殆ど口をきくことはありませんでした。そして2人は受験を迎えます。
先に受験したのはキムチ兄さんでしたが難関の世界杯大学の無謀な受験に悉く失敗します。
何年か経ってイル坊も世界杯大学を受験しました。優等生だったイル坊はこの頃にはガキ大将からカリスマ受験生へと華麗なる変身を遂げていました。
一方のキムチ兄さんはオシャレにはまるっきり無頓着らしく、変な後ろ髪を伸ばしていたりしました。
そして受験。さすがは最難関の世界杯大学です。イル坊といえども一発合格はなりませんでした。2人揃って受けた初の受験は共に不合格となってしまいました。…再挑戦です。
再び月日がたちます。その間、イル坊は悔しさをバネに必死で勉強しました。
後にその特殊な勉強法は「フラットスリー勉強法」と呼ばれます。
一方、キムチ兄さんの方はやはりサッパリでした。お金を積んでバイブルと呼ばれる
「ヒディンク殺法」を買ったまでは良かったのですが、殆ど読みこなせません。
次回の合格がほぼ確実視されるイル坊を尻目にイライラは次第に募っていきました。
イル坊は後にこの頃、隣のキムチ兄さんの部屋から
「チョックバリ!!チョックバリ!!」「デーハミング!!デーハミング!!」といった意味不明で気味の悪い叫び声が盛んに聞こえてきたと語っています。
キムチ兄さんの中で次第に大きくなっていった心のドス黒い霧はこのときまさに最高潮に達していたのです。とうとうキムチ兄さんは一線を超えてしまいました。僅か2回目の挑戦で見事合格を果たしたイル坊に対しキムチ兄さんは試検官を買収し、裏口入学を計ったのです。
結局、入学後にすぐに明るみになって永久追放処分されたのは言うまでもありません。最後は北方民族に拉致され行方さえも分からなくなってしまいました。
一方のイル坊は次々と海外留学を果たし、
大きく世界に羽ばたいたのでした。
以上です。疲れましたー。
兄はキムチ兄さんといい、弟はイル坊といいました。
キムチ兄さんは年上だったのでイル坊よりも何年か先に学校へ通い始めました。
学校から帰ったキムチ兄さんは弟のイル坊に
「今日は漢字と仏教を教えてやるぞ」
と得意満面でイル坊に教科書を見せるのでした。またイル坊も目を輝かせてキムチ
兄さんのお話に熱心に耳を傾けるのでした。
何年方ってイル坊もようやく学校へ通う年になりました。
ところが学校へ行ってみると衝撃的な事実を目の当たりにします。
キムチ兄さんはおうちでは偉そうな顔をしてたのに学校では劣等生でイジめられっ子ではありませんか。
やがてイル坊はキムチ兄さんから次第に距離を置くようになります。
また何年か経ちました。イル坊は何時の間にか優等生で運動もこなし、
学校中にその名を知られるようになりました。
近所のおばさんからは「賢いねー。すごいねー。」といわれます。
そんな中、キムチ兄さんは相変わらずのナカズトバズでした。
この頃からでした。キムチ兄さんの心の中でドス黒く渦巻くものが徐々に膨らんでいったのです。
不幸なことに丁度その頃イル坊も反抗期を迎えていました。
ある日、いつもキムチ兄さんを苛める上級生のウォッカ君を激闘の末、打ち負かしてしまったのです。
このころからイル坊は少々天狗になっていきました。
とうとうある日、晩ご飯のおかずをめぐって喧嘩になってしまいました。
結果は明らかでした。イル坊はあろうことかキムチ兄さんをボコボコにしてしまったのです。
イル坊はキムチ兄さんにこう言いました。「これからは僕のお下がりを着ろ。」と。嫉妬深さでは誰にも負けないキムチ兄さんにとってこれは大変な屈辱でした。2人の溝は決定的なものとなります。
しかし、さすがにワールド父さがここでイル坊を叱り付けました。
ところが少々天狗になっていたイル坊はとうとう父にも勝負を挑んでいったのでした。
しかし流石に大人と子供です。今度はイル坊がボコボコにされてしましました。
それから年月が経ち、やがて2人は青年期を迎えます。あの事件以来、2人は殆ど口をきくことはありませんでした。そして2人は受験を迎えます。
先に受験したのはキムチ兄さんでしたが難関の世界杯大学の無謀な受験に悉く失敗します。
何年か経ってイル坊も世界杯大学を受験しました。優等生だったイル坊はこの頃にはガキ大将からカリスマ受験生へと華麗なる変身を遂げていました。
一方のキムチ兄さんはオシャレにはまるっきり無頓着らしく、変な後ろ髪を伸ばしていたりしました。
そして受験。さすがは最難関の世界杯大学です。イル坊といえども一発合格はなりませんでした。2人揃って受けた初の受験は共に不合格となってしまいました。…再挑戦です。
再び月日がたちます。その間、イル坊は悔しさをバネに必死で勉強しました。
後にその特殊な勉強法は「フラットスリー勉強法」と呼ばれます。
一方、キムチ兄さんの方はやはりサッパリでした。お金を積んでバイブルと呼ばれる
「ヒディンク殺法」を買ったまでは良かったのですが、殆ど読みこなせません。
次回の合格がほぼ確実視されるイル坊を尻目にイライラは次第に募っていきました。
イル坊は後にこの頃、隣のキムチ兄さんの部屋から
「チョックバリ!!チョックバリ!!」「デーハミング!!デーハミング!!」といった意味不明で気味の悪い叫び声が盛んに聞こえてきたと語っています。
キムチ兄さんの中で次第に大きくなっていった心のドス黒い霧はこのときまさに最高潮に達していたのです。とうとうキムチ兄さんは一線を超えてしまいました。僅か2回目の挑戦で見事合格を果たしたイル坊に対しキムチ兄さんは試検官を買収し、裏口入学を計ったのです。
結局、入学後にすぐに明るみになって永久追放処分されたのは言うまでもありません。最後は北方民族に拉致され行方さえも分からなくなってしまいました。
一方のイル坊は次々と海外留学を果たし、
大きく世界に羽ばたいたのでした。
以上です。疲れましたー。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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