与那国島上空の防空識別圏
投稿者: cfx556 投稿日時: 2002/07/04 22:49 投稿番号: [48418 / 99628]
緊急発進の限界
防空圏 全土に及ばず
百里基地を飛び立つ航空自衛隊のF15戦闘機=茨城県小川村で(内村浩介撮影)
直径五十センチの丸いレーダー画面。北海道の外周に引かれた領空線の内側に、「U」(unknown=未確認機)のマークが入り込む。
四月十一日午後五時一分、礼文島上空の領空侵犯は、北海道に六カ所ある航空自衛隊のレーダー基地で確認された。
その「U」に対し、空自戦闘機を示す「F」(friendly=友軍機)マークが接近することはなかった。空自が一九五八年に領空侵犯対処を始めて以来、初めて緊急発進(スクランブル)を見合わせた瞬間だった。
戦闘機を発進させれば、戻るころには天候が崩れ、着陸困難と予測された。空自には、天候次第で緊急発進を見合わせてよいとの内規と、天候に問題ない別の基地に戻る規定の両方がある。
「別の基地に戻れば、上空で活動する時間が大幅に制限される。仕方なかった」と、航空幕僚監部の作戦幕僚。一方、複数の空自操縦士は「より大胆な侵犯を許すことになりかねない。緊急発進すべきだった」と言う。
× × ×
これより先の二月十四日、空自は“失態”を犯していた。同じ礼文島上空を戦闘機に守られたロシアの戦略爆撃機二機が領空侵犯した。ロシア方面から太平洋へ抜け、逆ルートで帰る往復侵犯。スクランブルは二度に及んだが、復路の侵犯は予想できたはず。警戒の戦闘機を上げていれば防げたとみられている。
空自の緊張は緩んだのか。
年に二回以上の領空侵犯は九年ぶり。過去三十二回は、台湾機が一回で、残りはソ連・ロシア機。大半は速度の遅い輸送機や偵察機だった。
冷戦後、緊急発進回数は減ったが、飛来機種は高速の戦闘機が増え、対応の難易度は増した。
「上空に行くと、もういない。からかわれているようで…」。空自操縦士は戸惑う。
× × ×
もうひとつ、問題がある。日本の領空には、空白があるのだ。
緊急発進は、終戦後、駐留米軍が開始した。米軍は日本の外周に防空識別圏(ADIZ)の線を引き、ソ連機に備えた。この線を越えて航空機が応答しないまま近づくと、戦闘機が出撃する。
ADIZは、日本のほか韓国、台湾に駐留していた米軍が、担当空域を分けるため線引きした一面がある。このADIZを、自衛隊は領空侵犯措置を移管された際、そっくり引き継いだ。
このため、例えば日韓両国が領有権を争う日本海の竹島は、日本ADIZの外になった。沖縄の与那国島も、ADIZ線が島の中央を縦断し、空自の戦闘機が線を越えることはまずない。
竹島は韓国が実効支配しているが、与那国島は完全な日本の領土。しかも、すぐ西隣は中国が「武力侵攻の可能性を否定しない」と公言する台湾。東アジアで最も不安定な地域のひとつだ。
ADIZの見直しについて、防衛庁は「運用に支障がない」と消極的。だが、幹部は「相手国があり、拡大すれば隣国のADIZと衝突するから簡単には見直せない」と、本音を話す。
米軍から引き継いで、約半世紀。日本の防空はいまだ完成していない。(「日米安保50年」取材班)
領空侵犯措置 全国28カ所にある空自レーダー基地で、領空侵犯のおそれがある航空機を発見した場合、緊急発進した戦闘機が退去を警告する。領空侵犯の未然防止を含めた緊急発進が最多だったのは1984年度の944回。冷戦後
防空圏 全土に及ばず
百里基地を飛び立つ航空自衛隊のF15戦闘機=茨城県小川村で(内村浩介撮影)
直径五十センチの丸いレーダー画面。北海道の外周に引かれた領空線の内側に、「U」(unknown=未確認機)のマークが入り込む。
四月十一日午後五時一分、礼文島上空の領空侵犯は、北海道に六カ所ある航空自衛隊のレーダー基地で確認された。
その「U」に対し、空自戦闘機を示す「F」(friendly=友軍機)マークが接近することはなかった。空自が一九五八年に領空侵犯対処を始めて以来、初めて緊急発進(スクランブル)を見合わせた瞬間だった。
戦闘機を発進させれば、戻るころには天候が崩れ、着陸困難と予測された。空自には、天候次第で緊急発進を見合わせてよいとの内規と、天候に問題ない別の基地に戻る規定の両方がある。
「別の基地に戻れば、上空で活動する時間が大幅に制限される。仕方なかった」と、航空幕僚監部の作戦幕僚。一方、複数の空自操縦士は「より大胆な侵犯を許すことになりかねない。緊急発進すべきだった」と言う。
× × ×
これより先の二月十四日、空自は“失態”を犯していた。同じ礼文島上空を戦闘機に守られたロシアの戦略爆撃機二機が領空侵犯した。ロシア方面から太平洋へ抜け、逆ルートで帰る往復侵犯。スクランブルは二度に及んだが、復路の侵犯は予想できたはず。警戒の戦闘機を上げていれば防げたとみられている。
空自の緊張は緩んだのか。
年に二回以上の領空侵犯は九年ぶり。過去三十二回は、台湾機が一回で、残りはソ連・ロシア機。大半は速度の遅い輸送機や偵察機だった。
冷戦後、緊急発進回数は減ったが、飛来機種は高速の戦闘機が増え、対応の難易度は増した。
「上空に行くと、もういない。からかわれているようで…」。空自操縦士は戸惑う。
× × ×
もうひとつ、問題がある。日本の領空には、空白があるのだ。
緊急発進は、終戦後、駐留米軍が開始した。米軍は日本の外周に防空識別圏(ADIZ)の線を引き、ソ連機に備えた。この線を越えて航空機が応答しないまま近づくと、戦闘機が出撃する。
ADIZは、日本のほか韓国、台湾に駐留していた米軍が、担当空域を分けるため線引きした一面がある。このADIZを、自衛隊は領空侵犯措置を移管された際、そっくり引き継いだ。
このため、例えば日韓両国が領有権を争う日本海の竹島は、日本ADIZの外になった。沖縄の与那国島も、ADIZ線が島の中央を縦断し、空自の戦闘機が線を越えることはまずない。
竹島は韓国が実効支配しているが、与那国島は完全な日本の領土。しかも、すぐ西隣は中国が「武力侵攻の可能性を否定しない」と公言する台湾。東アジアで最も不安定な地域のひとつだ。
ADIZの見直しについて、防衛庁は「運用に支障がない」と消極的。だが、幹部は「相手国があり、拡大すれば隣国のADIZと衝突するから簡単には見直せない」と、本音を話す。
米軍から引き継いで、約半世紀。日本の防空はいまだ完成していない。(「日米安保50年」取材班)
領空侵犯措置 全国28カ所にある空自レーダー基地で、領空侵犯のおそれがある航空機を発見した場合、緊急発進した戦闘機が退去を警告する。領空侵犯の未然防止を含めた緊急発進が最多だったのは1984年度の944回。冷戦後
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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