起源云々論争について
投稿者: ginnza123 投稿日時: 2002/07/02 18:39 投稿番号: [45879 / 99628]
日本語の起源は?、ハングルは何処からきた?とか、それ自体独立に研究対象とすればそれなりの価値はある。しかし、いったんなにかの証明方法(朝鮮人が優秀だとか日本人が優れてるだとか)として利用してしまったら水掛け論になること必至である。つまり、それらの証明方法として用いられるのは一般的に数少ない資料、しかも古びたものがその大半を占めるわけで、しかもその資料さえも、全くの大嘘である可能性を秘めています(歴史学の宿命ともいえるのですが)。また、その証明しようとする論者の主観が、無意識のうちに入り込み「希望的な分析」が、「実証」へと一人歩きを始めてしまうのであります。その傾向が本人の気づかないうちに蔓延してしまうのが最も恐ろしいことである。それが意図的ならばもはや歴史とはいえないであろう。
昨日までの常識が今日の「大嘘」になってしまうのは歴史論争、起源論争につきものである(必要悪と言うべきでしょうが)。
そして、その歴史を悪用して国民を洗脳教育し、都合の良いことだけを教え、根拠のないことで他国の人々に対して敬意のない振る舞いをしまうのはいかなるものか・・・もはや国際的重大犯罪である。そして、巧みにその捏造歴史が捏造であることに韓国国民を盲目化してしまっている韓国は、もはや文明国家、民主主義国家ではありませぬ。そして、その被害者といえるのは韓国国民であることはいうまでもありません。理論的思考能力の著しく欠落した彼らの主張は、まさに国家的犯罪教育の申し子といえるでしょう。みなさんもここに現れる彼らの主張を聞いてお分かりになると思います。
ですから、偏った歴史観をお持ちの韓国のかたが、ここにお出ましになったら、「あなたはかわいそうな教育をうけてきたのですよ」と、諭してあげて下さい。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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