>>今更なんだけど
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/02 01:06 投稿番号: [45062 / 99628]
I プロローグ 朝鮮神話
ちょうせんしんわ
朝鮮半島につたわる神話。
アジア大陸の果てにあり、東方の朝日がうるわしく鮮明なところから名づけられた朝鮮。その名前はすでに紀元前からあったと推測される。
II 文献神話(建国神話) 1 朝鮮の祖:檀君神話
前108年に前漢の武帝が楽浪4郡(→ 楽浪郡)を朝鮮に設置する以前の古朝鮮は、以下のように成立した。4000年以上前のこと、天帝桓因の子、桓雄が3000名の従者をひきいて、天上の宮殿から下界にくだってきた。その場所は、半島の中心部にそびえる太伯山(現在の白頭山)の頂にたつ神檀樹の下だった。
彼は、風の神の風伯、雨の神の雨師、雲の神の雲師に命じて、自然の秩序をつくり農業をおこした。そして穀物の管理や病気の治癒、法の制定、道徳の教授、善悪の区別など人間に関する360あまりの事業をつかさどった。
ある日、桓雄は洞窟の中にすむクマとトラが人間になりたがっているのを知り、ヨモギとニンニクを食べ、100日間、太陽の光にあたらずにくらすように命じた。忍耐力のないトラは退屈に我慢できず洞窟をとびだしてしまったが、クマはいわれたとおりにして21日目にうつくしい女性になった。結婚の相手がなくなやんでいたクマに対して、桓雄は自らの姿をうるわしい青年にかえて、2人は地上最初の夫婦となり、男児をもうけた。それが父の後継者となり、古朝鮮の創建者となる檀君だった。
檀君は前2333年に国をひらき、国名を朝鮮と称した。平壌城、つづいて阿斯達(あさたつ)に都をおき、国は1500年間さかえた。その後、中国で周の武王が即位し、箕子(きし)を朝鮮に封じたため、檀君は王位を箕子にゆずり、山神になって国を鎮護したとされる。
2 高句麗の建国:朱蒙
天帝の子、解慕漱(かいぼそ)は天上から降臨して、うつくしい娘、柳花と情をかわした。柳花は川の神である父から追放され、魚をぬすむ怪物の姿になった。彼女は石の下から生まれた金蛙(きんあ)王にすくわれ、人間の姿にもどってもてなされると、宮廷で大きな卵を生んだ。金蛙王は不吉がって卵をすてさせるが、結局、柳花にわたす。その卵からは朱蒙(しゅもう)が生まれた。
朱蒙が、母のつくった弓矢でハエを射ると百発百中だった。その腕前はひろく知られたが、やがて、金蛙王や家臣たちがいずれは朱蒙を殺すにちがいないと思った母は、朱蒙を3人の友人とともに国からのがれさせた。川の水が一行の行く手をはばんだときには、朱蒙が弓で川面をうつと、魚とカメがつらなって橋をつくった。母からもらった五穀の種を手にした朱蒙の一行は、卒本州の沸流水にたどりつき、22歳の朱蒙はこの地勢にめぐまれた土地に王都をひらき、国の号を高句麗とさだめた。
3 百済の建国:温祚
朱蒙と王妃の間には2人の子が生まれた。長男は沸流(ふる)、2男は温祚(おんさ)といい、兄弟は仲がよかった。そこへ朱蒙の故国から、以前の王妃との間の子、類利がやってきたため、沸流と温祚は自立を考えて異国で理想郷をつくろうと、10人の部下とともに高句麗をにげだした。いざ都をさだめるにあたり、兄は西の海辺を提案し、弟は南の内陸をすすめた。意見の対立した兄弟は、ここでわかれてしまう。
弟は十済という国をつくり理想的な国づくりをおこなっていった。いっぽう、兄の国は苦境におちいり、自身も病にふせってしまい、ついには最期に弟への謝罪の言葉をのこして死んでしまう。遺臣や民たちは弟のたてた十済国に参じる。賢君、温祚王のもとにはたくさんの百姓があつまり、国はますますさかえていった。それにしたがい国名を百済とあらためた。
4 新羅の建国:赫居世 辰韓(しんかん)の6人の村長たちが国をひらいて、天から王をむかえるよう祈りをささげていた。すると天から光がさし、一頭の白馬があらわれた。村長たちがかけつけると、白馬は紫色の大きな卵の前にひざまずいていた。卵をわってみると、中からりりしい男児がでてきた。泉で体をあらうと光がはなたれ、芳香がただよい、鳥や動物たちがやってきて、天地は震動し、太陽と月がかがやきはじめた。
男児は赫居世(かくきょせい)と名づけられ、成長するにしたがって人々の愛と尊敬をうけるようになった。赫居世は13歳で王位につき、のちに新羅となる国をひらいた。彼は61年目に天にかくれ、体はばらばらになって地上にふった。それを一カ所にあつめようとしたが、蛇があらわれてさまたげたため五体を別々にほうむった。これが現在の慶州にある五陵となった。
アジア大陸の果てにあり、東方の朝日がうるわしく鮮明なところから名づけられた朝鮮。その名前はすでに紀元前からあったと推測される。
II 文献神話(建国神話) 1 朝鮮の祖:檀君神話
前108年に前漢の武帝が楽浪4郡(→ 楽浪郡)を朝鮮に設置する以前の古朝鮮は、以下のように成立した。4000年以上前のこと、天帝桓因の子、桓雄が3000名の従者をひきいて、天上の宮殿から下界にくだってきた。その場所は、半島の中心部にそびえる太伯山(現在の白頭山)の頂にたつ神檀樹の下だった。
彼は、風の神の風伯、雨の神の雨師、雲の神の雲師に命じて、自然の秩序をつくり農業をおこした。そして穀物の管理や病気の治癒、法の制定、道徳の教授、善悪の区別など人間に関する360あまりの事業をつかさどった。
ある日、桓雄は洞窟の中にすむクマとトラが人間になりたがっているのを知り、ヨモギとニンニクを食べ、100日間、太陽の光にあたらずにくらすように命じた。忍耐力のないトラは退屈に我慢できず洞窟をとびだしてしまったが、クマはいわれたとおりにして21日目にうつくしい女性になった。結婚の相手がなくなやんでいたクマに対して、桓雄は自らの姿をうるわしい青年にかえて、2人は地上最初の夫婦となり、男児をもうけた。それが父の後継者となり、古朝鮮の創建者となる檀君だった。
檀君は前2333年に国をひらき、国名を朝鮮と称した。平壌城、つづいて阿斯達(あさたつ)に都をおき、国は1500年間さかえた。その後、中国で周の武王が即位し、箕子(きし)を朝鮮に封じたため、檀君は王位を箕子にゆずり、山神になって国を鎮護したとされる。
2 高句麗の建国:朱蒙
天帝の子、解慕漱(かいぼそ)は天上から降臨して、うつくしい娘、柳花と情をかわした。柳花は川の神である父から追放され、魚をぬすむ怪物の姿になった。彼女は石の下から生まれた金蛙(きんあ)王にすくわれ、人間の姿にもどってもてなされると、宮廷で大きな卵を生んだ。金蛙王は不吉がって卵をすてさせるが、結局、柳花にわたす。その卵からは朱蒙(しゅもう)が生まれた。
朱蒙が、母のつくった弓矢でハエを射ると百発百中だった。その腕前はひろく知られたが、やがて、金蛙王や家臣たちがいずれは朱蒙を殺すにちがいないと思った母は、朱蒙を3人の友人とともに国からのがれさせた。川の水が一行の行く手をはばんだときには、朱蒙が弓で川面をうつと、魚とカメがつらなって橋をつくった。母からもらった五穀の種を手にした朱蒙の一行は、卒本州の沸流水にたどりつき、22歳の朱蒙はこの地勢にめぐまれた土地に王都をひらき、国の号を高句麗とさだめた。
3 百済の建国:温祚
朱蒙と王妃の間には2人の子が生まれた。長男は沸流(ふる)、2男は温祚(おんさ)といい、兄弟は仲がよかった。そこへ朱蒙の故国から、以前の王妃との間の子、類利がやってきたため、沸流と温祚は自立を考えて異国で理想郷をつくろうと、10人の部下とともに高句麗をにげだした。いざ都をさだめるにあたり、兄は西の海辺を提案し、弟は南の内陸をすすめた。意見の対立した兄弟は、ここでわかれてしまう。
弟は十済という国をつくり理想的な国づくりをおこなっていった。いっぽう、兄の国は苦境におちいり、自身も病にふせってしまい、ついには最期に弟への謝罪の言葉をのこして死んでしまう。遺臣や民たちは弟のたてた十済国に参じる。賢君、温祚王のもとにはたくさんの百姓があつまり、国はますますさかえていった。それにしたがい国名を百済とあらためた。
4 新羅の建国:赫居世 辰韓(しんかん)の6人の村長たちが国をひらいて、天から王をむかえるよう祈りをささげていた。すると天から光がさし、一頭の白馬があらわれた。村長たちがかけつけると、白馬は紫色の大きな卵の前にひざまずいていた。卵をわってみると、中からりりしい男児がでてきた。泉で体をあらうと光がはなたれ、芳香がただよい、鳥や動物たちがやってきて、天地は震動し、太陽と月がかがやきはじめた。
男児は赫居世(かくきょせい)と名づけられ、成長するにしたがって人々の愛と尊敬をうけるようになった。赫居世は13歳で王位につき、のちに新羅となる国をひらいた。彼は61年目に天にかくれ、体はばらばらになって地上にふった。それを一カ所にあつめようとしたが、蛇があらわれてさまたげたため五体を別々にほうむった。これが現在の慶州にある五陵となった。
これは メッセージ 45051 (riohtml さん)への返信です.
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