奇妙な大会・・・
投稿者: kh4724 投稿日時: 2002/07/01 08:34 投稿番号: [43674 / 99628]
<サッカーW杯>FIFA会長が“奇妙な”と認める大会
フランス、アルゼンチンといった優勝候補が1次リーグで敗退し、国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長自らが“奇妙な”と認める大会だった。韓国がベスト4、日本も決勝トーナメントに進出して大会を盛り上げたものの、サッカーの質という点では、世界のトップレベルが足踏みをした大会だった。
最も驚いた試合は、ベッカムのPKによる1点をイングランドが守りきったアルゼンチン戦だ。イングランドは後半30分から10人が自陣ゴール前を固め、専守防衛に入った。こんな“ワンサイド・ゲーム”は、かつて見たことがなかった。
次に印象に残ったのは、決勝トーナメント1回戦のセネガル・スウェーデン戦。南米勢はドリブルによる個人の突破力を武器にしてきたが、最近では、パスで攻撃を組み立てる欧州の組織的なサッカーを取り入れてきた。ところが、セネガルはパスと見せかけてドリブルで突破するような、個人の技に重点を置くサッカーでスウェーデンを降した。
厳しいプレスの掛け合いの中で、コントロール、パス、判断の速さを競い、マイボールを大切にした緻密(ちみつ)なサッカーが世界の流れだが、今回は不用意に中盤でボールを奪われる大味なゲームが目立った。
その中で、一つのミスが失点につながるような緊張感あふれる試合は、準々決勝のイングランド・ブラジル戦だった。先制点を挙げたイングランドは、ブラジルの攻撃がスピードに乗らないようスペースを与えず、慎重にゲームを進めた。前半、ベッカムの軽率とも言えるプレーから同点に追いつかれて敗退したが、勝因敗因が読めるレベルの高い試合だった。
欧州のシーズン終了後、2週間で開幕した今大会は、後半になると、運動量の落ちるチームが目立った。その中で、組織的なサッカーを維持していたのは、開催国の韓国と日本、それに米国など、途上国といわれてきたチームだった。
コンディションの万全ではない伝統国が、厳しい組織的なサッカーから逃れ、個人技に頼ったのに対し、途上国が差を縮める形になった。韓国のヒディンク監督は欧州と韓国を比較して「技術は80%、フィジカルは30%」と指摘し、体力面の強化に力を入れたという。皮肉なことに、肉体的な強さ、速さは、韓国が90年ごろから忘れていた伝統だった。
90年イタリア大会から、大会前に、FIFAがレフェリーに判定基準を強調するようになったが、それがレフェリーに強迫観念を与えるのか、毎回のように判定にばらつきが目立ち、大会中に基準の見直しが行われてきた。それでも、今回のように、審判委員長やFIFA会長が、誤審を認めるようなことはなかった。FIFA自ら、レフェリーの質を落としているような気がする。
今後のサッカーの方向性を考えさせてくれるチームはなかった。組織で個人を封じるプレッシングサッカーに一休みの感はあったが、その方向は変わらない。日本は個人の突破力を高めなければ、06年ドイツ大会のアジア予選突破も、決勝トーナメント進出も保証されない。 【荒井義行】(毎日新聞)
フランス、アルゼンチンといった優勝候補が1次リーグで敗退し、国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長自らが“奇妙な”と認める大会だった。韓国がベスト4、日本も決勝トーナメントに進出して大会を盛り上げたものの、サッカーの質という点では、世界のトップレベルが足踏みをした大会だった。
最も驚いた試合は、ベッカムのPKによる1点をイングランドが守りきったアルゼンチン戦だ。イングランドは後半30分から10人が自陣ゴール前を固め、専守防衛に入った。こんな“ワンサイド・ゲーム”は、かつて見たことがなかった。
次に印象に残ったのは、決勝トーナメント1回戦のセネガル・スウェーデン戦。南米勢はドリブルによる個人の突破力を武器にしてきたが、最近では、パスで攻撃を組み立てる欧州の組織的なサッカーを取り入れてきた。ところが、セネガルはパスと見せかけてドリブルで突破するような、個人の技に重点を置くサッカーでスウェーデンを降した。
厳しいプレスの掛け合いの中で、コントロール、パス、判断の速さを競い、マイボールを大切にした緻密(ちみつ)なサッカーが世界の流れだが、今回は不用意に中盤でボールを奪われる大味なゲームが目立った。
その中で、一つのミスが失点につながるような緊張感あふれる試合は、準々決勝のイングランド・ブラジル戦だった。先制点を挙げたイングランドは、ブラジルの攻撃がスピードに乗らないようスペースを与えず、慎重にゲームを進めた。前半、ベッカムの軽率とも言えるプレーから同点に追いつかれて敗退したが、勝因敗因が読めるレベルの高い試合だった。
欧州のシーズン終了後、2週間で開幕した今大会は、後半になると、運動量の落ちるチームが目立った。その中で、組織的なサッカーを維持していたのは、開催国の韓国と日本、それに米国など、途上国といわれてきたチームだった。
コンディションの万全ではない伝統国が、厳しい組織的なサッカーから逃れ、個人技に頼ったのに対し、途上国が差を縮める形になった。韓国のヒディンク監督は欧州と韓国を比較して「技術は80%、フィジカルは30%」と指摘し、体力面の強化に力を入れたという。皮肉なことに、肉体的な強さ、速さは、韓国が90年ごろから忘れていた伝統だった。
90年イタリア大会から、大会前に、FIFAがレフェリーに判定基準を強調するようになったが、それがレフェリーに強迫観念を与えるのか、毎回のように判定にばらつきが目立ち、大会中に基準の見直しが行われてきた。それでも、今回のように、審判委員長やFIFA会長が、誤審を認めるようなことはなかった。FIFA自ら、レフェリーの質を落としているような気がする。
今後のサッカーの方向性を考えさせてくれるチームはなかった。組織で個人を封じるプレッシングサッカーに一休みの感はあったが、その方向は変わらない。日本は個人の突破力を高めなければ、06年ドイツ大会のアジア予選突破も、決勝トーナメント進出も保証されない。 【荒井義行】(毎日新聞)
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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