日韓共催のそもそもの経緯は・・・3
投稿者: bikkuridon 投稿日時: 2002/06/30 01:15 投稿番号: [40642 / 99628]
結果、どういうことになっていったか?と言いますと・・・実はここで日本サッカー協会の無能さもあったんですねぇ。日本人としては、これを知ったら日本サッカー協会に文句を言いたい人も多いでしょう!もちろん、俺も文句を言いたい人間の一人です!ここからの説明は他のサイトからの引用です。少し手直ししてますが。
UEFA(反アベランジェ派)はアフリカから選手を受け入れていることで、アフリカとの関係強化でアベランジュ側だと思われていたアフリカ票も確保。ここで立場が危うくなったのが日本。アベランジュを信じきっていた日本は、韓国支持票が欧州、アジアの票に加え、アフリカの票までいくと知って負けそうだと判断しました。
ここからが日本サッカー協会の失敗です。
仕方なく、日本は共催を受け入れます。ところが、後にUEFAなどは日本を落としたい思っておらず、単独開催なら韓国支持という票はほとんどないことが判明。開催能力からいって、”日本が共催受け入れ拒否なら日本になっていたことが確実だった”と分かる。日本サッカー協会は自分たちの無能さを指摘されるのが嫌だから、「共催の精神」がどうのこうのいって、共催になってよかったとアピール。開催自治会からは試合数が半分になって採算がとれないと大ブーイングでした。
当時では韓国は単独開催できる能力がないと思われていたので、日本が共催を拒否すれば良かったと思います。拒否したとしても、何度も言ってますが、単独開催できる能力がない韓国での単独開催はありえなかったのです。ただし、拒否すればアジアでの開催自体が白紙になり、日本での開催が夢のままに終ると思ったのでしょう。共催を受け入れてしまったのでした。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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