この愛国的政治家はわかっている!
投稿者: PACO123_RAM 投稿日時: 2002/06/29 00:47 投稿番号: [36561 / 99628]
衆議院議員の西村眞悟氏のHPに次の文章が掲げられていました。
さすが彼我の違いをよくわかってらっしゃる。
まことに心強い。
本日深更1時19分の「朝まで生テレビ」に出演するそうです。
以下、転載します。
http://www.n-shingo.com/
世界のゲーム文化
ワールドカップで感じたこと
審判をだますこと、これも技術の一つ。
審判が分からなければ何をしてもよい。
これもプレーとして当たり前。
日本以外は、このこと、見事に各選手の文化として身
についている。
これが文化なら、この審判を買収して自分に有利な笛
を吹かせることまで視野に入れた攻防があるのは当たり
前だ。
次に、プレー中、自分は正しい、自分はうまい、自分
はナンバーワン、とアピールできねばならない。これも
世界の一流選手は身につけている。これでは俳優だ。
僕は高校生までサッカーをした。
紳士のスポーツと教えられ、正直言って、自分がゴール
したからといって、大手を広げてアピールするなど、考
えなれなかった。
ラグビーなどの激しい団体戦ではたとえ自分がゴール
しても、「みんなの力、何ともない」という表情で何事
も無かったかのように仲間のところに帰って来るのが当
たり前なのだ。
しかし、それからサッカーでは、中南米流の派手なポ
ーズが主流になる。それで、サッカーが嫌いになってい
た。
だが今回、日本チームは好きになった。この世界の中
にあっても、日本チームは、やはり日本人の大げさなポ
ーズをしない伝統の上に成り立っていた。
つまり、応援者も選手もフェアーなのだ。
これは決して軽視してはいけない美風である。この日
本人の、目立たない美質は、やがてスポーツにおいて
も、世界の秩序を律すべき文化になるであろう。
なぜなら、馬鹿な騒ぎは長続きしないからだ。
いいプレーをしたものは、敵であれ味方であれ、天晴
れな選手である。拍手するのが当たり前だ。
これが武士道であり騎士道である。
サッカーも、ここに戻らざるをえないだろう。
今は、サッカーも博打と馬鹿騒ぎの伝統の上にある。
だから審判買収もありうるのだ。恥ずかしいことだ。
ところで、サッカーはスポーツだ。必ずしなければな
らないというわけではない。
しかし、必ず受けてたたねばならないことで、サッカ
ーの百倍大げさにプレーして、何時も自分が正しいとア
ピールし続ける相手と渡り合わねばならないことがあ
る。それは、国際政治だ。
さらに、国際マネーゲームは、審判も無く、だまされ
るのは馬鹿で、だます方が偉いのだ。
今このゲームは、相手が生み出した富をうまく奪った
者が勝ちとなっている。つまり、日本は敗者だ。
アメリカのウォール街の連中が物も造らず政権といっ
しょになって盛んにし掛けて来た。
しかし、あまりにも勝ちすぎたので、パラドックスに
陥ってきた。
つまり、あまりにも多くの金を日本から引きすぎたの
で、日本に死命を制せられる構造になってきたのだ。
アメリカも中国も、この点は変わらない。同病だ。
これを盛者必衰の理という。
いよいよ日本は目を覚まして自己の今まで無自覚であ
った力を用いるときが来た。
派手なプレーヤーとしてではなく、
「万民保全の道」(五箇条のご誓文)のために。
さすが彼我の違いをよくわかってらっしゃる。
まことに心強い。
本日深更1時19分の「朝まで生テレビ」に出演するそうです。
以下、転載します。
http://www.n-shingo.com/
世界のゲーム文化
ワールドカップで感じたこと
審判をだますこと、これも技術の一つ。
審判が分からなければ何をしてもよい。
これもプレーとして当たり前。
日本以外は、このこと、見事に各選手の文化として身
についている。
これが文化なら、この審判を買収して自分に有利な笛
を吹かせることまで視野に入れた攻防があるのは当たり
前だ。
次に、プレー中、自分は正しい、自分はうまい、自分
はナンバーワン、とアピールできねばならない。これも
世界の一流選手は身につけている。これでは俳優だ。
僕は高校生までサッカーをした。
紳士のスポーツと教えられ、正直言って、自分がゴール
したからといって、大手を広げてアピールするなど、考
えなれなかった。
ラグビーなどの激しい団体戦ではたとえ自分がゴール
しても、「みんなの力、何ともない」という表情で何事
も無かったかのように仲間のところに帰って来るのが当
たり前なのだ。
しかし、それからサッカーでは、中南米流の派手なポ
ーズが主流になる。それで、サッカーが嫌いになってい
た。
だが今回、日本チームは好きになった。この世界の中
にあっても、日本チームは、やはり日本人の大げさなポ
ーズをしない伝統の上に成り立っていた。
つまり、応援者も選手もフェアーなのだ。
これは決して軽視してはいけない美風である。この日
本人の、目立たない美質は、やがてスポーツにおいて
も、世界の秩序を律すべき文化になるであろう。
なぜなら、馬鹿な騒ぎは長続きしないからだ。
いいプレーをしたものは、敵であれ味方であれ、天晴
れな選手である。拍手するのが当たり前だ。
これが武士道であり騎士道である。
サッカーも、ここに戻らざるをえないだろう。
今は、サッカーも博打と馬鹿騒ぎの伝統の上にある。
だから審判買収もありうるのだ。恥ずかしいことだ。
ところで、サッカーはスポーツだ。必ずしなければな
らないというわけではない。
しかし、必ず受けてたたねばならないことで、サッカ
ーの百倍大げさにプレーして、何時も自分が正しいとア
ピールし続ける相手と渡り合わねばならないことがあ
る。それは、国際政治だ。
さらに、国際マネーゲームは、審判も無く、だまされ
るのは馬鹿で、だます方が偉いのだ。
今このゲームは、相手が生み出した富をうまく奪った
者が勝ちとなっている。つまり、日本は敗者だ。
アメリカのウォール街の連中が物も造らず政権といっ
しょになって盛んにし掛けて来た。
しかし、あまりにも勝ちすぎたので、パラドックスに
陥ってきた。
つまり、あまりにも多くの金を日本から引きすぎたの
で、日本に死命を制せられる構造になってきたのだ。
アメリカも中国も、この点は変わらない。同病だ。
これを盛者必衰の理という。
いよいよ日本は目を覚まして自己の今まで無自覚であ
った力を用いるときが来た。
派手なプレーヤーとしてではなく、
「万民保全の道」(五箇条のご誓文)のために。
これは メッセージ 36550 (mangiacane さん)への返信です.
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