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III 戦国期の倭寇

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/06/28 00:56 投稿番号: [34052 / 99628]
I プロローグ 倭寇   わこう   中世に朝鮮半島や中国大陸沿岸をおそい、人や食糧などを略奪した海賊。朝鮮・中国側がつけた呼称で倭は日本、寇は外敵が集団で襲来すること、あるいはその外敵そのものをいう。倭寇とは「日本からの侵略者」の意で、時代と地域によって実体はさまざまだが、ふつうは中世の倭寇をさし、南北朝期後半を中心とするものと、戦国期のものの2つがある。




II 南北朝期ころの倭寇
倭寇の活動は鎌倉時代からあるが、はげしくなるのは南北朝期で、朝鮮半島の高麗の記録では、1350年半島南部の各地に倭寇が襲来、高麗の軍隊がむかえうってやぶり、300人をうったという。記録に「倭寇の侵、ここにはじまる」とあり、以後、70〜80年代を頂点に、大規模な倭寇がひんぱんにおこり、400〜500隻の船をつらねた数千人規模のものもめずらしくなかったという。略奪の対象は米穀、人民、租粟(そぞく)をはこぶ漕船だった。高麗はその対策に苦慮して滅亡をはやめたとさえいわれる。



1392年、かわって李氏朝鮮が成立すると、日本に倭寇禁圧を要請するいっぽうで防衛体制をととのえ、また投降する倭寇には地位や住居をあたえるなど懐柔した。それによって以後、倭寇の活動はおもに中国沿岸へとうつったが、足利義満のときにひらかれた日明貿易が軌道にのってくると、急激に沈静化した(→ 勘合貿易)。倭寇の構成員は、対馬・壱岐・五島列島や松浦地方の島々の海賊衆や漁民・商人などだったが、中には朝鮮人も多数くわわっていた。


III 戦国期の倭寇
戦国期になり、日明貿易がとだえると、中国大陸の南部沿岸や東南アジア沿岸で、倭寇の活動が活発化し、とくに1522年からの約40年間がもっともはげしかった。このころの倭寇は、九州全域から瀬戸内海沿岸からいった日本人の倭寇もいたが、中国人が多く、東アジアへ進出しつつあったポルトガル人もいた。当時、経済活動が発達して貿易が活発になっていたにもかかわらず、明は海禁政策をとり、人民が海外と交易することをみとめなかったために多数の密貿易者が生まれ、それらを明ではまとめて倭寇とよんだのである。



中国浙江省にあった密貿易の拠点が、明の軍隊の攻撃によって壊滅してからは、明の密貿易者たちも北九州に拠点をうつし、日本人倭寇とともに中国沿岸を襲撃した。しかし、1567年明が海禁令を解除し、日本でも豊臣秀吉による全国統一がすすむにしたがって倭寇も沈静化していった。
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