ママンジュンの東京生活
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/04/21 08:44 投稿番号: [522 / 3876]
「外国人をジロジロ見たりしないのね、日本人って!マナーがいいと思うわ」
とママンは来日当初毎日のように言っていた。
イランに住んでいた時義母は私と一緒に行動してくれていたので、自国の人たちが私に注ぐ好奇心に満ちた視線にいつも悩まされていた。
ここでの投稿でも「イランでの旅行で、冷やかされたり凝視された」といった趣旨のものが目につく。私がそれをどうとらえてきたかは以前にもレスしたので割愛するが、義母は自分に干渉してこない日本人を評価している。
「革命後の生活しか知らない若い世代の子が東京を歩いたら、しばらく気が動転するだろう」とママン。
先日、私の夫と休日の代々木公園を散歩してきた。とても楽しかったらしく「楽器に合わせて踊ったり、スケートボードの練習をしたり、ストリートパフォーマーがマジックを披露していたり、、、みんな思い思いの自由を満喫しているのがすばらしい」と大喜びで帰ってきた。
夫の姉たちはビートルズ世代なので、ミニスカートに金髪に染めた髪で、デートを楽しんでいたことがある。
「ヒッピーだったのよ私」今では黒いチャドルを纏い校長として働く義姉が当時を懐かしんで言っていたのを思い出した。
「最近のイランは以前よりも規制が緩くなってきてるけど...まだまだ日本のようにはいかないわね」とママンは言った。
ママンは毎日神様にお祈りをしている。
私たち家族の幸せを祈ってくれている。
イスラームを信じているというよりも、自分の心の中に存在する神に祈るのだ、と言う。
彼女の神様はとても柔軟性がある。だから家の近くにある神社やお寺に行っても日本人に混じりお参りすることをよしとしている。
その様子を見て(夫の家族がもしファナティックなムスリムだったら私はイランでの生活に窮屈さを感じたかもしれないなー)と漠然と思った。
「遠くからわざわざいらしたお客様だからお金はいりません。どうぞ楽にしていって下さい」
これはイラン人の言葉ではない。
私がお世話になっている整骨院の先生たちが義母に対し言った言葉だ。
私は2年越しでここの整骨院にはお世話になっていて同世代である先生たちとも半ば友達のようなつきあいをしてきた。
先日義母の肩を触ってみてあまりの硬さにビックリして、整骨院に連れて行ったのだが保険が無いからさぞ高くつくだろうと覚悟していたら、上のような言葉を頂いた。
これには私もビックリして、支払うからと何度も言ったのだが「赤ちゃんも生まれたことだし、僕たちからのお祝いだと思ってよ」と最後まで受け取ろうとしなかった。
義母はマッサージを受け、とても楽になったと喜んでいた。
「イランのデザートを作って御礼をしよう」
と私たちは計画している。
義母が来てくれ、違った視点で東京の風景を見ることができるようになり良い刺激になっている。
ベビーカーを押しながら今日もこれから散歩に行ってこよう。
とママンは来日当初毎日のように言っていた。
イランに住んでいた時義母は私と一緒に行動してくれていたので、自国の人たちが私に注ぐ好奇心に満ちた視線にいつも悩まされていた。
ここでの投稿でも「イランでの旅行で、冷やかされたり凝視された」といった趣旨のものが目につく。私がそれをどうとらえてきたかは以前にもレスしたので割愛するが、義母は自分に干渉してこない日本人を評価している。
「革命後の生活しか知らない若い世代の子が東京を歩いたら、しばらく気が動転するだろう」とママン。
先日、私の夫と休日の代々木公園を散歩してきた。とても楽しかったらしく「楽器に合わせて踊ったり、スケートボードの練習をしたり、ストリートパフォーマーがマジックを披露していたり、、、みんな思い思いの自由を満喫しているのがすばらしい」と大喜びで帰ってきた。
夫の姉たちはビートルズ世代なので、ミニスカートに金髪に染めた髪で、デートを楽しんでいたことがある。
「ヒッピーだったのよ私」今では黒いチャドルを纏い校長として働く義姉が当時を懐かしんで言っていたのを思い出した。
「最近のイランは以前よりも規制が緩くなってきてるけど...まだまだ日本のようにはいかないわね」とママンは言った。
ママンは毎日神様にお祈りをしている。
私たち家族の幸せを祈ってくれている。
イスラームを信じているというよりも、自分の心の中に存在する神に祈るのだ、と言う。
彼女の神様はとても柔軟性がある。だから家の近くにある神社やお寺に行っても日本人に混じりお参りすることをよしとしている。
その様子を見て(夫の家族がもしファナティックなムスリムだったら私はイランでの生活に窮屈さを感じたかもしれないなー)と漠然と思った。
「遠くからわざわざいらしたお客様だからお金はいりません。どうぞ楽にしていって下さい」
これはイラン人の言葉ではない。
私がお世話になっている整骨院の先生たちが義母に対し言った言葉だ。
私は2年越しでここの整骨院にはお世話になっていて同世代である先生たちとも半ば友達のようなつきあいをしてきた。
先日義母の肩を触ってみてあまりの硬さにビックリして、整骨院に連れて行ったのだが保険が無いからさぞ高くつくだろうと覚悟していたら、上のような言葉を頂いた。
これには私もビックリして、支払うからと何度も言ったのだが「赤ちゃんも生まれたことだし、僕たちからのお祝いだと思ってよ」と最後まで受け取ろうとしなかった。
義母はマッサージを受け、とても楽になったと喜んでいた。
「イランのデザートを作って御礼をしよう」
と私たちは計画している。
義母が来てくれ、違った視点で東京の風景を見ることができるようになり良い刺激になっている。
ベビーカーを押しながら今日もこれから散歩に行ってこよう。
これは メッセージ 517 (fyojizzzz さん)への返信です.