Re: テヘランの乞食事情
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2008/02/29 01:58 投稿番号: [3035 / 3876]
私が過去見た限りでは、戦争で片足を失った男性が道端で物乞いをしていたり、離婚して子どもを養っていくためにバザールの各店舗に物乞いをしていた中年女性などが印象に強く残っています。ただ日本と違うなーと思う点は彼らには帰る家があり、決して孤独ではないということ。日本では一旦路上生活者となってしまうと、福祉の援助を受けにくくなること(近年はホームレスの社会復帰サービスがありますが)親戚縁者の恥じのような扱いを受け、精神的にも追い込まれていくこと、などが問題点だと思います。20代の生意気盛りのときに東京の山野地区(南千住のあたり)で、外国人労働者の生活相談をボランティアをしていました。(というより、国の欺瞞に対抗していただけなのですが)そこはまるで異世界のようでした。駅を降りると道端で一升瓶を抱えて寝転んでいるおじさんたちがたくさんいて、その顔をまたぐようにして私は事務所に通っていました。幼い頃、そういう人たちを差別的な目で見てきた私ですが、次第に挨拶をかわす人ができ、自分の認識不足を恥じるようになりました。(昨日の社長は今日ホームレス…)とも感じました。事務所の一階には、おじさん達の集う談話室があり、六法全書をそらんじているような人もいました。そこの脇を通り抜け3階の部屋で週一回「外国人生活相談」は行われていました。多くのイラン人がその事務所に集まり、不当解雇、査証に関する問題をオーバーステイ結婚の手続きなどを相談していました。恐らく彼らは、自分達の問題がなければその街に来ることはなかったと思うのですが、日本の路上生活者の置かれた実態をみて「イランでは、こんなふうに社会から廃絶された人たちはいないと思う。物乞いをしていたとしても、家族はいるし…ぼく達も日本で辛い生活をしてきたけれどここにいるおじさんたちほどの孤独感はないだろう。だって、僕には僕を待つマダ−ル(お母さん)や家族が国に待っているし多くのイラン人の仲間が日本でがんばっている。ぼくは一人じゃない。だけどこのおじさんたちのことを、心から心配してくれる人は果たしているのだろうか?地方から出稼ぎに来て、結果として路上生活者になっていったこの人たちには奥さんや子どもはいたのだろうか?いたとしたら何故探しにこない?癒される瞬間を夢見て酒に手をだすのだろうが、そんなものでこころの傷はなおるのか」そんな言葉を何度となく聞いてきました。私の現在の夫はそこで通訳ボランティアをしたり、年末に行われる「炊き出し」(路上生活支援者がカンパを募り無料で食事を配布すること)をしたりして、外国人労働者や日雇い労働者の現状をみてきました。世界各国で、物乞いをせざるをえない立場の人やその日暮らしをせざるをえない人(我が家だって同じような立場になることがあります)は多くいるでしょう。ただ、格差が広がる日本の中(それも人との関わりが希薄な都会)に住んでいる人たちとイランの物乞いの人たちとどちらが辛い立場なのかを考えた時、私は日本ほど暮らしにくい国はないのではないかと考えざるをえないのです。
これは メッセージ 3034 (yanyan_wai_4abc さん)への返信です.