Re: 12イマーム
投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2006/03/27 22:04 投稿番号: [3247 / 4578]
>自分をイスラム教徒と名乗る人にはムハメッド様の子孫を殺す権利がなかったでしょう。
権利はないでしょうが、血統重視しないなら特別扱いできないでしょう。
フセインはクーファへ忠誠の誓いうけるのに向かう途中でしたよね。(年とってて一発あてようとしたらしい。不幸なことに密使の逮捕・処刑を知らなかった。)ウマイヤ朝の騎兵隊に行く手阻まれてメッカに帰らせてくれといわれても反乱おこしそうなのでクーファ総督ウバイドゥラー困ったから無条件降服強要したのでしょう。(ここのとこは後世シーア派文献による)
カルバラーの悲劇でフセイン最後の言葉といわれる「行く手には殉教あるのみ」は本望でしょ。
招きながら救いにいかなかったクーファのアラブは684年復讐しようとしたが返り討ちにあった。タッワブーン(悔やむ人々)と呼ばれる。
(後悔先にたたず。It is no use crying over spilt milk.)
参考
嶋田
イスラム教史P94〜96、イスラーム全史
余部福三
P64
>それなのに自分が暗殺され家族全てが殺された。
アリーは661年クーファの大モスクの前で暗殺。アリーの妻でムハンマドの娘ファーティマはムハンマドの半年後死んでいます。ハサンは裏切った妻に殺されました。娘のザイナブは殺されましたか?
別の妻ハナフィーヤとの間の息子ムハンマドは700年にカイサーン派のムフタールの乱(685〜687)の責任問われないで死んでいる。
>言葉を言い包めて犯罪者を守るなんて。ムアーウィヤのことをムスリムに訊いてみてはよい。
みればよい。
文脈意味不明。今度聞いてみます。でもね、アッバース朝できたときムアーウィヤとウマル2世の墓暴かなかったよ。息子のヤズィードは確かに評判悪いが。
>スンニ派も含めて彼を罵ってる又は呪いの言葉を吐くムスリムは一人も存在していないから。
彼=アリー?ハワーリジュ派はどうですかね。あとラクダの戦いの三人(アーイシャ・タルハ・ズバイル)。
これは メッセージ 3234 (aucuba_japonica さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/a5ha5ka53_1/3247.html