<征服する神>
投稿者: ecebuta 投稿日時: 2006/02/10 03:44 投稿番号: [2745 / 4578]
このアラーの行動について見ると、1.既存のユダヤ信仰、キリスト信仰の「摩り替え」を行ない、そして、2.既存のこれらの信仰を「征服する」、というパターンを見ることが出来ます。
聖書では、ヤハウェなる神は、アブラハム、イサク、ヤコブの神であります。けれども、コーランには、イシュマエルが神によって選ばれたとなっており、イサクではありません。イシュマエルは、「すべての人に逆らい」とあります。つまり、戦争の神、剣の神です。
しかし、このイシュマエルでさえもが、彼らが信じているように、彼らの祖先ではないのです。イシュマエルの子孫は、創世記25:18において上の預言の成就がありますが、その地域に住んでいる人々と、今日のアラブ人をつなげる証拠は何もありません。しかも、仮にアラブ人がイシュマエルの子孫だとしても、今日アラブ人と呼ばれている人たちの多くが、アラブ人ではありません。エジプトは、ハム系のミツライム人(創世記10:6)です。ヨルダンは、モアブ人とアモン人が祖先です。イラクはバビロニア人、そしてイラクはペルシヤ人、シリヤはアッシリヤ人が祖先です。イシュマエルはその国々の祖先ではありません。
今日のイスラエル・パレスチナ問題を考えてみたいと思います。アラブ人たちが叫んでいる「エルサレム返還」「岩のドーム」は、コーランのどこを見ても、エルサレムも神殿の丘も言及されていません。しかし、聖書には、「エルサレムが神の都」であり、神殿にて「わたしは住む」と書かれています。つまり、まことの神を退けて、アラーを置こうとする意図がここにあります。
パレスチナ国家などは、もともと存在しません。ヨルダン国とイスラエル国との間で戦われた結果、イスラエルが勝ち、ヨルダン川西岸がイスラエルのものとなりました。(ちなみに「不法占拠」と呼ばれていますが、安保理決議242号には、なんらイスラエル軍撤退の指示もされておらず、むしろイスラエルによる土地の管理を勧めています。)ところが、なぜか、そこに「パレスチナ国」がもともとあったかのように叫ばれ、ついには、「パレスチナ人の帰還」という言葉を使って、「離散のユダヤ人の祖国への帰還」をもじって、今度はイスラエルの土地を奪い取ろうとしています。
彼らを突き動かすその原動力は、この「アラー」の神概念から来ていると言えます。
四つ目の、「イエスは、モハメッドの前にきた偉大な預言者である」という主張ですが、イエスは、アブラハム、モーセなどと並列される預言者の一人であり、モハメッドが最後の預言者であると信じています。啓示というものは漸次的なものですから、最後の預言者が最終権威となります。
そしてコーランにおいては、アブラハムもモーセも、そしてイエスもすべて「ムスリム」になっています。アラファトも、ベツレヘムの生誕教会において、「イエスは、パレスチナ人ムスリムであった。」と言いました。とんでもないことです!主は、肉によれば、アブラハムの子孫、ダビデの子のユダヤ人です。そして、もちろん、イエスは神のひとり子であり、他の預言者と並列できる方ではありません。
イスラム信仰には、「さばきの日」があることを信じています。そのさばきの日とは、ムスリムがすべてのユダヤ人、クリスチャンを殺して、死に追いやることによって、すべての者がムスリムになったとき、イエスが戻ってくるとします。
なぜこうも、「殺したり」することが頻繁に出てくるかと言いますと、預言者と呼ばれるモハメッドの都合の良い啓示になっているからです。彼は、ユダヤ教の影響を受けて、メッカで偶像を拝む家族に自分の啓示を宣べ伝えましたが、受け入れてくれませんでした。そこで物理的な行使によって、服従させることによって信じさせることを考えました。そこから、「殺して、略奪する」手法を使い始めました。初めは「ナクラの襲撃」があり、ある隊商を略奪しました。三度目には、自分の啓示を受け入れないユダヤ人たちを標的にして、彼らの居住地を次々と略奪しました。そして、最後にメッカに行き、メッカにいる家族に戦いを挑んだのです。条約を結んだのですが、モハメッドがこれを破り、カーバの中にある偶像を取り除きました。
聖書では、ヤハウェなる神は、アブラハム、イサク、ヤコブの神であります。けれども、コーランには、イシュマエルが神によって選ばれたとなっており、イサクではありません。イシュマエルは、「すべての人に逆らい」とあります。つまり、戦争の神、剣の神です。
しかし、このイシュマエルでさえもが、彼らが信じているように、彼らの祖先ではないのです。イシュマエルの子孫は、創世記25:18において上の預言の成就がありますが、その地域に住んでいる人々と、今日のアラブ人をつなげる証拠は何もありません。しかも、仮にアラブ人がイシュマエルの子孫だとしても、今日アラブ人と呼ばれている人たちの多くが、アラブ人ではありません。エジプトは、ハム系のミツライム人(創世記10:6)です。ヨルダンは、モアブ人とアモン人が祖先です。イラクはバビロニア人、そしてイラクはペルシヤ人、シリヤはアッシリヤ人が祖先です。イシュマエルはその国々の祖先ではありません。
今日のイスラエル・パレスチナ問題を考えてみたいと思います。アラブ人たちが叫んでいる「エルサレム返還」「岩のドーム」は、コーランのどこを見ても、エルサレムも神殿の丘も言及されていません。しかし、聖書には、「エルサレムが神の都」であり、神殿にて「わたしは住む」と書かれています。つまり、まことの神を退けて、アラーを置こうとする意図がここにあります。
パレスチナ国家などは、もともと存在しません。ヨルダン国とイスラエル国との間で戦われた結果、イスラエルが勝ち、ヨルダン川西岸がイスラエルのものとなりました。(ちなみに「不法占拠」と呼ばれていますが、安保理決議242号には、なんらイスラエル軍撤退の指示もされておらず、むしろイスラエルによる土地の管理を勧めています。)ところが、なぜか、そこに「パレスチナ国」がもともとあったかのように叫ばれ、ついには、「パレスチナ人の帰還」という言葉を使って、「離散のユダヤ人の祖国への帰還」をもじって、今度はイスラエルの土地を奪い取ろうとしています。
彼らを突き動かすその原動力は、この「アラー」の神概念から来ていると言えます。
四つ目の、「イエスは、モハメッドの前にきた偉大な預言者である」という主張ですが、イエスは、アブラハム、モーセなどと並列される預言者の一人であり、モハメッドが最後の預言者であると信じています。啓示というものは漸次的なものですから、最後の預言者が最終権威となります。
そしてコーランにおいては、アブラハムもモーセも、そしてイエスもすべて「ムスリム」になっています。アラファトも、ベツレヘムの生誕教会において、「イエスは、パレスチナ人ムスリムであった。」と言いました。とんでもないことです!主は、肉によれば、アブラハムの子孫、ダビデの子のユダヤ人です。そして、もちろん、イエスは神のひとり子であり、他の預言者と並列できる方ではありません。
イスラム信仰には、「さばきの日」があることを信じています。そのさばきの日とは、ムスリムがすべてのユダヤ人、クリスチャンを殺して、死に追いやることによって、すべての者がムスリムになったとき、イエスが戻ってくるとします。
なぜこうも、「殺したり」することが頻繁に出てくるかと言いますと、預言者と呼ばれるモハメッドの都合の良い啓示になっているからです。彼は、ユダヤ教の影響を受けて、メッカで偶像を拝む家族に自分の啓示を宣べ伝えましたが、受け入れてくれませんでした。そこで物理的な行使によって、服従させることによって信じさせることを考えました。そこから、「殺して、略奪する」手法を使い始めました。初めは「ナクラの襲撃」があり、ある隊商を略奪しました。三度目には、自分の啓示を受け入れないユダヤ人たちを標的にして、彼らの居住地を次々と略奪しました。そして、最後にメッカに行き、メッカにいる家族に戦いを挑んだのです。条約を結んだのですが、モハメッドがこれを破り、カーバの中にある偶像を取り除きました。
これは メッセージ 2743 (aucuba_japonica さん)への返信です.
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