イスラム教白書 4
投稿者: aletheia_hellas 投稿日時: 2004/12/31 13:09 投稿番号: [1260 / 4578]
コーラン / クォーラン
コーランはイスラムの聖典とされながらも、コーランの読者が既にイスラムの教えについ て知っているという前提で書かれており、コーランそのものにはイスラムの教えが詳しく 書かれていません。また、アラーについても同じように読者が既に深い知識を持っている という前提で書かれています。
コーランには、暴力を擁護する記載があります。
「不浄な人々を見つけ次第それらと戦い、殺し、捕まえ、陵辱せよ。戦いの全ての工作に おいてそれらを待ち望め。」コーラン、スラー9章5節
もしも、イスラムに抵抗する者がいれば、
「このような者に対する仕打ちは、死刑、磔、もしくは手足を背中から切り落とすか、追 放するかのいずれかである」スラー5章33節
アル・トーバ(悔い改め)「預言者よ、偽善者と信じない者たちと戦え、彼らに厳しさを 持って望め」スラー9章73節
アル・アンファル(分捕り品)「信仰のない者たちに、最後まで逃げきれると思わせるな … 神の敵とあなたの敵を恐怖に陥れよ… 信仰深い者たちに武装を促せ!彼ら(非イスラ ム信者たち)が平和を望むなら(つまり、イスラムを受け入れるなら)、彼らと和解せよ。」 スラー8章59節
アル・メイダ(食卓)「もしも彼らがあなたの裁きを拒むなら、彼らの罪のために彼らを 鞭打つのはアラー自身の意志であると知れ。」スラー5章49節
と書かれているのです。
コーランは、ヒンズー教、仏教、神話、ギリシャ密教、並びにユダヤ教とクリスチャニテ ィーの教えを混ぜ合わせてできたものです。
コーランにはたくさんの記載の誤りや、矛盾点が存在しますが、コーランには、コーラン が一つの誤りもない書物であると記載されています。(スラー85:21〜22)しかし、 コーランに記載されていることは、聖書に記載されていることと噛み合いません。スラー 7章51節とスラー10章3節には、神によって天地は6日間で創造されたと記載されて いますが、スラー41章には同じ神による天地の創造は8日間だったと記載されています。 更に、スラー32章から48章に記載されている事柄は、創世記7章に書いてある事と矛 盾しています。また、アブラハムに関する数えきれないほどの誤りが記録されています。 アブラハムの父の名をコーランは「エーザー」(6:74)としていますし、14:37 ではアブラハムがメッカに住んでいたとさえしています。更に、37:100〜112で はイサクの代わりにイシュマエルを犠牲として献げようとしたと書いてありますし、アブ ラハムの息子たちは合計8人で、コーランに書いてあるように2人ではありませんし、2 人ではなく3人の妻がいました。更に、アブラハムは、「カ・アバー」(前出・2:12〜 127)を築きませんでしたし、ニムロドによって火の中に投げ込まれもしませんでした。 (21:68〜69、9:69)このような事実の誤りに加え、歴史的事実の順序を誤っ ている点もたくさん存在します。神による「大洪水」はモーセの時代には起こりませんで した。(7:136)(参照6)
注:9世紀になるまで、アラビア語の聖書は存在しませんでしたので、モハメドの時代に はもちろんありませんでした。
聖書には、新たな事実が知らされるときは、既に確立されている神の言に沿ったものでな ければならないと書かれています。(イザヤ8:20)
イスラム教の神「アラー」は旧約聖書に登場する神「エル」と同じ神なのでしょうか? イスラムの神「アラー」は、知ることのできない神で、人格がなく、信頼することができ ない神とされています。
その他の宗教によって作られた神には:
エジプト人:ラー、アイシス、オシリス
カルデア人:バアル、モレク
ギリシャ人:ゼウス、ジュピター
などがあります。
更にコーランには、モハメドは罪の人生を送ったと書いてありますし(スラー40:55)、 一つの奇跡すら行いませんでした。(スラー17:91〜95)彼は他の人のために死ん だわけでもなく、彼を通して個人的な神との関係を築くことができるわけでもありません。 モハメドは死んだままなのです。
モハメドとイエスの比較は、アルフレッド・ギュレーム(Alfred Guillaume)による「The Tradition of Islam」(イスラム教の伝統)という本の中に詳しく記載されています。
○イスラム教では、イエス様はマグダラのマリアと結婚した、と教えています。
これは大変なる侮辱です。
コーランはイスラムの聖典とされながらも、コーランの読者が既にイスラムの教えについ て知っているという前提で書かれており、コーランそのものにはイスラムの教えが詳しく 書かれていません。また、アラーについても同じように読者が既に深い知識を持っている という前提で書かれています。
コーランには、暴力を擁護する記載があります。
「不浄な人々を見つけ次第それらと戦い、殺し、捕まえ、陵辱せよ。戦いの全ての工作に おいてそれらを待ち望め。」コーラン、スラー9章5節
もしも、イスラムに抵抗する者がいれば、
「このような者に対する仕打ちは、死刑、磔、もしくは手足を背中から切り落とすか、追 放するかのいずれかである」スラー5章33節
アル・トーバ(悔い改め)「預言者よ、偽善者と信じない者たちと戦え、彼らに厳しさを 持って望め」スラー9章73節
アル・アンファル(分捕り品)「信仰のない者たちに、最後まで逃げきれると思わせるな … 神の敵とあなたの敵を恐怖に陥れよ… 信仰深い者たちに武装を促せ!彼ら(非イスラ ム信者たち)が平和を望むなら(つまり、イスラムを受け入れるなら)、彼らと和解せよ。」 スラー8章59節
アル・メイダ(食卓)「もしも彼らがあなたの裁きを拒むなら、彼らの罪のために彼らを 鞭打つのはアラー自身の意志であると知れ。」スラー5章49節
と書かれているのです。
コーランは、ヒンズー教、仏教、神話、ギリシャ密教、並びにユダヤ教とクリスチャニテ ィーの教えを混ぜ合わせてできたものです。
コーランにはたくさんの記載の誤りや、矛盾点が存在しますが、コーランには、コーラン が一つの誤りもない書物であると記載されています。(スラー85:21〜22)しかし、 コーランに記載されていることは、聖書に記載されていることと噛み合いません。スラー 7章51節とスラー10章3節には、神によって天地は6日間で創造されたと記載されて いますが、スラー41章には同じ神による天地の創造は8日間だったと記載されています。 更に、スラー32章から48章に記載されている事柄は、創世記7章に書いてある事と矛 盾しています。また、アブラハムに関する数えきれないほどの誤りが記録されています。 アブラハムの父の名をコーランは「エーザー」(6:74)としていますし、14:37 ではアブラハムがメッカに住んでいたとさえしています。更に、37:100〜112で はイサクの代わりにイシュマエルを犠牲として献げようとしたと書いてありますし、アブ ラハムの息子たちは合計8人で、コーランに書いてあるように2人ではありませんし、2 人ではなく3人の妻がいました。更に、アブラハムは、「カ・アバー」(前出・2:12〜 127)を築きませんでしたし、ニムロドによって火の中に投げ込まれもしませんでした。 (21:68〜69、9:69)このような事実の誤りに加え、歴史的事実の順序を誤っ ている点もたくさん存在します。神による「大洪水」はモーセの時代には起こりませんで した。(7:136)(参照6)
注:9世紀になるまで、アラビア語の聖書は存在しませんでしたので、モハメドの時代に はもちろんありませんでした。
聖書には、新たな事実が知らされるときは、既に確立されている神の言に沿ったものでな ければならないと書かれています。(イザヤ8:20)
イスラム教の神「アラー」は旧約聖書に登場する神「エル」と同じ神なのでしょうか? イスラムの神「アラー」は、知ることのできない神で、人格がなく、信頼することができ ない神とされています。
その他の宗教によって作られた神には:
エジプト人:ラー、アイシス、オシリス
カルデア人:バアル、モレク
ギリシャ人:ゼウス、ジュピター
などがあります。
更にコーランには、モハメドは罪の人生を送ったと書いてありますし(スラー40:55)、 一つの奇跡すら行いませんでした。(スラー17:91〜95)彼は他の人のために死ん だわけでもなく、彼を通して個人的な神との関係を築くことができるわけでもありません。 モハメドは死んだままなのです。
モハメドとイエスの比較は、アルフレッド・ギュレーム(Alfred Guillaume)による「The Tradition of Islam」(イスラム教の伝統)という本の中に詳しく記載されています。
○イスラム教では、イエス様はマグダラのマリアと結婚した、と教えています。
これは大変なる侮辱です。
これは メッセージ 1259 (aletheia_hellas さん)への返信です.
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