Umm Nidal再び登場
投稿者: kokunan_jerusalem678 投稿日時: 2006/03/16 18:09 投稿番号: [276 / 2525]
http://memri.org/bin/latestnews.cgi?ID=SD111106
Nabil Hammad:昨日私はあるTV番組を見ました。そうあるアラブのテレビ番組です。私はイスラエル人殺害作戦中に黒い目の処女を捜し求めるパレスチナのムジャヒディンを描いた番組を見て悲しくなりました。まるで彼らは貧しいユダヤ人を殺害するのを楽しんでいるかのようでした。彼らは現状を完全にひっくり返しました。ある民族がの他の民族を迫害します。国家全体が苦しみ、家は占領され、そして全ての機能が破壊されました。しかしながら、その国家は現在武力行使の禁止を求められています。私たちは占領者に対する抵抗運動について話し合いたいと思います。さあ進みましょう。
Umm Nidal:これは抵抗運動なのよ。他人がどうこう口を挟む権利はないわ。占領者に対しては何をしたっていいのよ。
Nabil Hammad:あなたも御存知のとおり、抵抗運動の意義を失わせる計画があり、それはテロリズムと呼ばれています。今や抵抗運動さえ「テロリズム」と呼ばれるのです。あなたは毎日何かしら・・・
Umm Nidal:ムハンマドは小さな時から武器を運び使っていたわ。それは彼にとっては自然なことだった。彼が突然武器を取り、作戦を実行したわけではないの。これは彼にとってゆっくりとした成長だったの。
まさに起ころうとした作戦があったわ。長男のNidalが最終的に実行したのと同じ作戦。彼は安らかに眠っているでしょうけど、私にこう言ったの。「僕はこの作戦を弟のムハンマドに捧げたいんだ」。彼がこんなことを言ったのはムハンマドを大変愛していたから。彼はムハンマドを選んだ。他の男達なんか選ばずに。なかには何も言及されないことでひどく怒った人もいたけど彼は言ったの。「神によってこの作戦は楽園が約束されているんだ。そして僕はムハンマド以外誰も選ばない」
私たちに何千人もの若者がいることに神は賞賛するでしょう。彼らは神のため、殉教者になることを強く願っているの。なかには殉教者になる機会を逃がしたことで泣き出す者もいるほどよ。私たちにこのような決意がある限り、勝利するでしょう。神の意思で。
Nabil Hammad:Umm Nidalさん。私たちはパレスチナの母親が「私たちはこの生を殉教に捧げます」と言っているのを耳にします。これについて説明してくれませんか?
Umm Nidal:もちろん、私たちの現実は私たちに課されたもの。私たちは神によって指し示された信仰を信じているわ。例えばある人が死ぬことを運命付けられていたら、たとえその人がどこに隠れようともその人は死ぬと思うわ。でもなぜ私たちが先頭に立ち、殉教者として死ぬ必要があるのか? 一つの形作られた死とそのほかの死には大変大きな隔たりがあるの。そしてなぜ私たちは殉教を選ぶべきなのか? 神が人類全体の中から私たちを選び、パレスチナの最前線で聖戦の名誉を授けてくださっているの。だから、殉教を始めるにはもってこいなの。
Nabil Hammad:あなたは見事なことわざを言いましたね。What is life worth when one accepts humiliation?'"(←うまく訳せん)
Umm Nidal:ぴったりだわ。
Nabil Hammad:全ムスリムの母親達に何かメッセージはありませんか? 息子達が大学の学位を取得し、豪華な邸宅に暮らし、また高級車を乗り回すことを望んでいる母親達に。
Umm Nidal:ムスリムの母親は祈り、善行をし、そしてもちろん聖戦の中で子供を育てるべきだわ。それは子供を育てるときの義務なの。
イスラームの聖戦は人が控えられない義務なの。それは他の宗教の義務にも似ているわ。もしイスラームの本当の意味を理解できたのなら、聖戦の概念は個人個人の義務としてイスラームの義務とパレスチナの間に包括されるでしょう。もしその義務を怠れば、私たちは罪を犯したことになるわ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
▲Umm Nidalは去年エジプトのTV番組で「イスラエルに民間人はいないんだから何をしたっていいのよーー!」と物騒なことを主張し、記者からテロリスト扱いされたあの”女史”である。今回は大変めでたく議員となってご登場。今回も前よりトーンは下がったとはいえ物騒。
Nabil Hammad:昨日私はあるTV番組を見ました。そうあるアラブのテレビ番組です。私はイスラエル人殺害作戦中に黒い目の処女を捜し求めるパレスチナのムジャヒディンを描いた番組を見て悲しくなりました。まるで彼らは貧しいユダヤ人を殺害するのを楽しんでいるかのようでした。彼らは現状を完全にひっくり返しました。ある民族がの他の民族を迫害します。国家全体が苦しみ、家は占領され、そして全ての機能が破壊されました。しかしながら、その国家は現在武力行使の禁止を求められています。私たちは占領者に対する抵抗運動について話し合いたいと思います。さあ進みましょう。
Umm Nidal:これは抵抗運動なのよ。他人がどうこう口を挟む権利はないわ。占領者に対しては何をしたっていいのよ。
Nabil Hammad:あなたも御存知のとおり、抵抗運動の意義を失わせる計画があり、それはテロリズムと呼ばれています。今や抵抗運動さえ「テロリズム」と呼ばれるのです。あなたは毎日何かしら・・・
Umm Nidal:ムハンマドは小さな時から武器を運び使っていたわ。それは彼にとっては自然なことだった。彼が突然武器を取り、作戦を実行したわけではないの。これは彼にとってゆっくりとした成長だったの。
まさに起ころうとした作戦があったわ。長男のNidalが最終的に実行したのと同じ作戦。彼は安らかに眠っているでしょうけど、私にこう言ったの。「僕はこの作戦を弟のムハンマドに捧げたいんだ」。彼がこんなことを言ったのはムハンマドを大変愛していたから。彼はムハンマドを選んだ。他の男達なんか選ばずに。なかには何も言及されないことでひどく怒った人もいたけど彼は言ったの。「神によってこの作戦は楽園が約束されているんだ。そして僕はムハンマド以外誰も選ばない」
私たちに何千人もの若者がいることに神は賞賛するでしょう。彼らは神のため、殉教者になることを強く願っているの。なかには殉教者になる機会を逃がしたことで泣き出す者もいるほどよ。私たちにこのような決意がある限り、勝利するでしょう。神の意思で。
Nabil Hammad:Umm Nidalさん。私たちはパレスチナの母親が「私たちはこの生を殉教に捧げます」と言っているのを耳にします。これについて説明してくれませんか?
Umm Nidal:もちろん、私たちの現実は私たちに課されたもの。私たちは神によって指し示された信仰を信じているわ。例えばある人が死ぬことを運命付けられていたら、たとえその人がどこに隠れようともその人は死ぬと思うわ。でもなぜ私たちが先頭に立ち、殉教者として死ぬ必要があるのか? 一つの形作られた死とそのほかの死には大変大きな隔たりがあるの。そしてなぜ私たちは殉教を選ぶべきなのか? 神が人類全体の中から私たちを選び、パレスチナの最前線で聖戦の名誉を授けてくださっているの。だから、殉教を始めるにはもってこいなの。
Nabil Hammad:あなたは見事なことわざを言いましたね。What is life worth when one accepts humiliation?'"(←うまく訳せん)
Umm Nidal:ぴったりだわ。
Nabil Hammad:全ムスリムの母親達に何かメッセージはありませんか? 息子達が大学の学位を取得し、豪華な邸宅に暮らし、また高級車を乗り回すことを望んでいる母親達に。
Umm Nidal:ムスリムの母親は祈り、善行をし、そしてもちろん聖戦の中で子供を育てるべきだわ。それは子供を育てるときの義務なの。
イスラームの聖戦は人が控えられない義務なの。それは他の宗教の義務にも似ているわ。もしイスラームの本当の意味を理解できたのなら、聖戦の概念は個人個人の義務としてイスラームの義務とパレスチナの間に包括されるでしょう。もしその義務を怠れば、私たちは罪を犯したことになるわ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
▲Umm Nidalは去年エジプトのTV番組で「イスラエルに民間人はいないんだから何をしたっていいのよーー!」と物騒なことを主張し、記者からテロリスト扱いされたあの”女史”である。今回は大変めでたく議員となってご登場。今回も前よりトーンは下がったとはいえ物騒。
これは メッセージ 260 (kokunan_jerusalem678 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/4hda5a4la5qa5la59a5aa5ja1aaa1jbha32hga1k_1/276.html