ジハーディストの「虐殺」定義
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/11/25 05:36 投稿番号: [1087 / 2525]
この話は以前にもほかしたけれど、物事の善悪を考える時、非常に多くに人々が「行為」そのものを善悪の基準とせず、「加害者」が誰であるかを基準にする非常に原始的な部族主義をいまだに守っている。
例えば、反イスラエルの人間は、イスラエルが誤ってまたは不本意にも民間人を巻き添えにしてしまった場合、「民間人を虐殺している」といってイスラエルの行為を責めるが、パレスチナが民間人を故意に標的にして攻撃する行為は「正当な抵抗だ」といってひらきなおる。
つまりこの場合、「民間人を殺す行為」事態は善でも悪でもない。民間人を殺しているのが誰なのかによって善悪が決まる。
この場合被害者が誰であるかも基準にはならない。なぜならハマスとファタが殺しあいをして女子供が大量に殺されても、殺している人間がアラブ人の場合は全く問題ない。アフリカで政府側のアラブ系イスラム教徒がアフリカ系イスラム教徒やキリスト教徒をそれこそ何十万と人種浄化していても、殺しているのがアラブ人だから悪ではない。国際社会は全く興味ない。
イラクでシーアとスンニが殺しあいして一回に何十人というアラブ人を殺しても放っておけという。ところがアメリカ人がアラブ人をひとりでも殺してみろ、「大虐殺!」
イスラエルが正当防衛のためにテロリストを狙って攻撃し、たまたまその家族が一人でも殺されれば、これも「虐殺」悪徳非道の行為となる。
ジハーディストの理屈では虐殺とは、「アメリカおよびイスラエルというシオニストがアラブ人を殺す行為」と理解しておけば話は早い。
これは メッセージ 1086 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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