Re: ゾーゲンに聞くが
投稿者: goimu_tadashi 投稿日時: 2009/03/13 21:41 投稿番号: [932 / 1348]
>★五井野正博士が部落民という証拠を出してもらおうかな。
創価学会というのは池田大作によって堕落したのではなく、
もともとが日本の農村社会に侵入することが出来なかった
半島からの流れ者の“寄り合い所”だったわけです。
“チョン”という差別用語はその点かなり古い発祥で
日本人が単に何の根拠もなく朝鮮人を馬鹿にしていた
わけではありません。そして単に言葉の問題だけでなく
なぜそういう嫌悪の意識を持つ様になったのかと言えば、
日本の治安のいい農村世界に、日本語も話せない
半島の流れ者達がはいってきたからです。
言葉だけではなく、宗教観や、食文化も大きく違いました。
もともと玄米、菜食を中心とした農村での食文化では
家畜とは働き手であり、家族の一員でしたので、
牛や馬だけでなく、犬や猫まで殺して食べる彼らの
食文化が、我々の祖先達に、如何に異様に映ったかは
かなり食文化が欧米化した現代の我々でも、察しが付きます。
農村社会に受け入れられなかった彼らは、饑餓線上をさまよい
もともとが朝鮮本国において“住めなくなった”ような事を
して逃げてきた人達なので、村人達の財産であり、家族である
家畜を、あるいは盗んで、殺して食べたという事件も
多々あったことでしょう。
そうしてますます農村社会から孤立していった人達が、独自に
より集まって、周囲の視線を避けてひっそりと集落を形成して
いったわけです。
そうして出来上がっていった朝鮮部落というのは、日本本来の
神道とは別の精神的なよりしろをも必要とし、それが創価学会
となったわけです。
また、一方で明治維新のどさくさにおいてもこういった人達が
“自分たちの正体を知らない新天地”を目指して北海道などに
開拓民として流れていったようです。
なので、北海道とは文化的には明治維新以後の世界であり
五井野流にいっても江戸までさかのぼれない世界です。
日本中には神社がありますが、北海道は極端に少ない。
神社とは日本の神話が息づいている日本社会の土地である
ことの象徴です。
それが“かれら”にはむしろ好都合だった。
例え環境は厳しくても、地域社会から白い目で見られないで済む。
開拓当時は治安も悪く、ならず者達の格好の吹きだまり、それが
北海道だったわけです。
このあたりは手塚治虫の名作「シュマリ」にも描かれています。
わたしは父の世代の人達が、なぜあんなに朝鮮の人達を
忌み嫌うのか知りたくて聞き出したのですが、この話は
私の父やその他の年配の人達から最近聞いた話です。
年配の人達によれば、「戦前は常識だった」とのこと。
そして「創価学会」ときけばこの時代の人達は、
「ああ、そういう人達ね」とイッパツで判ってしまうそうです。
日本の敗戦時にはあちこちで肉食によって身体が大きい朝鮮人が
敗戦にうちひしがれた日本人を暴行したり、土地や財産を
奪ったりという事件が横行していたそうですが、こういった
敗戦後の闇の歴史はかなり葬り去られ、六〇年後の今は
七〇歳以上の人達の脳裏にだけ残った歴史です。
なお、父(昭和10年生まれ)に寄れば、
「そういう朝鮮人による暴行事件から身を守る為に
日本人は、朝鮮人を雇って自警団を作った」
「それがいまの暴力団だよ」
「かれらがなぜ朝鮮系ばかりなのに神棚を拝むのかといえば
日本人への忠誠を表す為なんだ」
っと教えてくれました。
父はこの件では非常に饒舌で、まだまだイッパイ語ってくれましたが
それはまた別の機会で...
ところで、肉食は人をケンカも強く、好戦的にしますが、
家族関係がすさみやすい特徴があります。
また、肉食は極端に血液の粘度をあげてしまい、血栓等になったり
発ガンしやすい為、飲酒などで本能的にバランスを取る為、アルコール
依存症にも成りやすいです。 このあたりは「玄米正食」
「マクロビオティック」などの陰陽理論で確認して下さい。
考えが極端になり、オール・オア・ナッシングの発想に取り憑かれやすい。
さらには家庭不和から新興宗教などにも取り憑かれやすいのが特徴です。
つまり、日本人を中心に考えるなら、本来は玄米の民、日本人が
肉食をすることによってK暗黒面に墜ちたのか韓国人、というわけです。
創価学会というのは池田大作によって堕落したのではなく、
もともとが日本の農村社会に侵入することが出来なかった
半島からの流れ者の“寄り合い所”だったわけです。
“チョン”という差別用語はその点かなり古い発祥で
日本人が単に何の根拠もなく朝鮮人を馬鹿にしていた
わけではありません。そして単に言葉の問題だけでなく
なぜそういう嫌悪の意識を持つ様になったのかと言えば、
日本の治安のいい農村世界に、日本語も話せない
半島の流れ者達がはいってきたからです。
言葉だけではなく、宗教観や、食文化も大きく違いました。
もともと玄米、菜食を中心とした農村での食文化では
家畜とは働き手であり、家族の一員でしたので、
牛や馬だけでなく、犬や猫まで殺して食べる彼らの
食文化が、我々の祖先達に、如何に異様に映ったかは
かなり食文化が欧米化した現代の我々でも、察しが付きます。
農村社会に受け入れられなかった彼らは、饑餓線上をさまよい
もともとが朝鮮本国において“住めなくなった”ような事を
して逃げてきた人達なので、村人達の財産であり、家族である
家畜を、あるいは盗んで、殺して食べたという事件も
多々あったことでしょう。
そうしてますます農村社会から孤立していった人達が、独自に
より集まって、周囲の視線を避けてひっそりと集落を形成して
いったわけです。
そうして出来上がっていった朝鮮部落というのは、日本本来の
神道とは別の精神的なよりしろをも必要とし、それが創価学会
となったわけです。
また、一方で明治維新のどさくさにおいてもこういった人達が
“自分たちの正体を知らない新天地”を目指して北海道などに
開拓民として流れていったようです。
なので、北海道とは文化的には明治維新以後の世界であり
五井野流にいっても江戸までさかのぼれない世界です。
日本中には神社がありますが、北海道は極端に少ない。
神社とは日本の神話が息づいている日本社会の土地である
ことの象徴です。
それが“かれら”にはむしろ好都合だった。
例え環境は厳しくても、地域社会から白い目で見られないで済む。
開拓当時は治安も悪く、ならず者達の格好の吹きだまり、それが
北海道だったわけです。
このあたりは手塚治虫の名作「シュマリ」にも描かれています。
わたしは父の世代の人達が、なぜあんなに朝鮮の人達を
忌み嫌うのか知りたくて聞き出したのですが、この話は
私の父やその他の年配の人達から最近聞いた話です。
年配の人達によれば、「戦前は常識だった」とのこと。
そして「創価学会」ときけばこの時代の人達は、
「ああ、そういう人達ね」とイッパツで判ってしまうそうです。
日本の敗戦時にはあちこちで肉食によって身体が大きい朝鮮人が
敗戦にうちひしがれた日本人を暴行したり、土地や財産を
奪ったりという事件が横行していたそうですが、こういった
敗戦後の闇の歴史はかなり葬り去られ、六〇年後の今は
七〇歳以上の人達の脳裏にだけ残った歴史です。
なお、父(昭和10年生まれ)に寄れば、
「そういう朝鮮人による暴行事件から身を守る為に
日本人は、朝鮮人を雇って自警団を作った」
「それがいまの暴力団だよ」
「かれらがなぜ朝鮮系ばかりなのに神棚を拝むのかといえば
日本人への忠誠を表す為なんだ」
っと教えてくれました。
父はこの件では非常に饒舌で、まだまだイッパイ語ってくれましたが
それはまた別の機会で...
ところで、肉食は人をケンカも強く、好戦的にしますが、
家族関係がすさみやすい特徴があります。
また、肉食は極端に血液の粘度をあげてしまい、血栓等になったり
発ガンしやすい為、飲酒などで本能的にバランスを取る為、アルコール
依存症にも成りやすいです。 このあたりは「玄米正食」
「マクロビオティック」などの陰陽理論で確認して下さい。
考えが極端になり、オール・オア・ナッシングの発想に取り憑かれやすい。
さらには家庭不和から新興宗教などにも取り憑かれやすいのが特徴です。
つまり、日本人を中心に考えるなら、本来は玄米の民、日本人が
肉食をすることによってK暗黒面に墜ちたのか韓国人、というわけです。
これは メッセージ 928 (xuzu9851 さん)への返信です.
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