「暦を延ばす」延暦寺・・この文は本物です
投稿者: from_ukiyoe2009 投稿日時: 2009/06/09 21:55 投稿番号: [707 / 10174]
>最澄により時間をあやつる法華経の秘法・・・末法時間の延期がなされたのだと思います。
それで「暦を延ばす」延暦寺となったのだと思います。
いままで誰が日本仏教の総本山ともいえる延暦寺の名前の由来を説明した方がいただろうか?
我々五井野博士の文や言葉によく触れているものなら良く分かる、この文は本物です。
アレルッキーノさんがなぜこのような(失礼)掲示板でこんなレベルの内容を書いているのかわからないがとりあえず私はこの文が読めて嬉しいと感想を述べさせていただく。聖徳太子とイスラム教の話も楽しみです。
掲示板のみなさまへ
この延暦寺の文は五井野博士の「法華三部経体系総論」の末法についての歴史を理解していないとわかりずらいと思われます。アレルッキーノさんはそれでもあえて書きました。やる気のある方は「法華三部経体系総論」を読んで理解してから読み返して欲しい。アレルッキーノさんがどれだけすごいことを言っているのかわかるでしょう?今はカクレイシ氏か一部の門人会の人しか理解していないでしょう。
アレルッキーノさんとは何者か?ますますわからなくなりました。
>最澄の功績に「大乗戒壇の設立」があります。今の坊さんはこれのおかげで結婚しても僧侶籍にいられますが、一般民衆と僧侶の境を低くしたことにより仏教思想が貴族から民衆へ広がる流れを作りました。当然、最澄の当時は貴族にさえ広がっていなかったので平安時代にまず貴族、それから鎌倉時代までに民衆に広まりました。これがどれほど日本人の意識に好影響を与え、江戸時代につなげたか?よく言われる日本人だけが知る草木、昆虫、鳥に対する感情移入のもとはここにあると思います。
日本の末法は1052年からですが、そのとおり戦いの時代になりましたが日本仏教は生き残っていました。戦国時代に延暦寺まで軍隊をもつようになり腐ってしまいましたので、織田信長の第六天魔王による火の浄化「比叡山焼き討ち」により再建し江戸時代を迎えました。それから明治の廃仏毀釈に滅ぶまで続きました。
ここまでいえば私が何を言いたいのか分かっていただけたと思いますが、法華経行者の最澄により時間をあやつる法華経の秘法・・・末法時間の延期がなされたのだと思います。
それで「暦を延ばす」延暦寺となったのだと思います。
これは メッセージ 668 (arlecchino2012 さん)への返信です.
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