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Re: アレルッキーノ様へ

投稿者: arlecchino2012 投稿日時: 2009/05/20 20:50 投稿番号: [474 / 10174]
★歴史というものは、その当時の権力者が自分に都合の良いように書き換えるもので、律令制度の功労者である蘇我一族を悪者にするために、聖徳太子という偶像を作り出したというのが本当ではないでしょうか?

○・聖徳太子の時代は記録する文字(日本語)もできたばかりであり記録自体が乏しい。
・また、聖徳太子後の「大化の改新」は文字からくるイメージと裏腹に実際はどうみても単なる天皇の暗殺事件であり不安定な世の中で誰の記録を信じてよいのか分からない。その前後に現在残っている歴史書が書かれた。
ことから聖徳太子について昔からいなかったのでは?とか別の人とかの説があることは知っています。

○ただし古墳時代からいきなり当時の最先端の国になったのは前にも書きましたが卓越した方があおられたのは間違えないと思います。たとえ、中国やペルシャ方面から世界の最先端の技術者、思想家、仏教者を連れてきても、それを活かせるのは、伝説の聖徳太子のような能力を持っていたのだからといえると思います。明治天皇がすれ変わった説があるように確かに血はどこかで変わっているのかもしれませんが。
○久しく分離した支那を統一したという自尊心を持つて居る天子であった隋の煬帝に「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」と文を送りしめた度胸と先を見抜く力は、仏の知恵を得ていたからと言えると思います。ちょっと見誤れば日本は滅亡していたのかもしれません。

○・聖徳太子の時代にペルシャ人が日本に来ていたのは有名な話ですが、アルメニア人が来ていて、法隆寺の設計もアルメニアの寺院の影響を受けていたという説もあります。作者はG博士とは全く無縁のようです。
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/horyuji.index.htm
『私だけの古代史第三部・法隆寺編』より抜粋
「法隆寺とアルメニアとの関係です。アルメニアのフリプシメ教会の寸法には、エルサレムと斑鳩が隠されていたのです。小林惠子の突厥説で驚いているようでは、法隆寺と聖徳太子の真相に迫ることは出来ません。聖徳太子は複数のキャラクターを投影された聖人なのですが、その中に長屋親王(天皇)がいます。藤原四兄弟に祟ったのが長屋親王であると分かれば、夢殿に祭られているのも長屋親王であると分かるのです。」
「斑鳩と法隆寺は第二のエルサレムであると同時に、フリプシメ教会を雛形としていることが伺える。夢殿や西円堂などの八角円堂も、フリプシメ教会の八角形の鐘楼をモデルとしたと考えられるのである。なお、夢殿の救世観音像は、長屋親王をモデルとしたものであり、長屋の父の高市皇子はアルメニアからやって来たのである。」「蘇我氏にはコーカサスやトルコが隠されていたのです。」
聖徳太子もG博士のようにアルメニア外交をしていたのでしょうか?
なお、私の家の庭にも夢殿八角堂をモデルにした物置(当然自作)があります。

○・地獄に落とされた件で聖徳太子に関しては、『隠された十字架』論争、明治まで隠されていた救世観音(聖徳太子がモデルという話もある)など何か隠蔽されたような話がたくさんあり、第0巻を読んでいた当時当然のように聖徳太子と思っていました。
聖徳太子、最澄、日蓮で臨終時に不幸だった(ひどい目にあった)聖徳太子が地獄に落とされたとみてよいのではと思うのですが・・・・・違っていたらどんなに失礼なんだと思ってもいますが・・・・・・
思い出しましたが、○福の○学では最澄が地獄に落ちたと言っているというのも読んだことがあります。(当然全く信じていません。)
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