Re: 「我」について
投稿者: saatexinnkixyuu 投稿日時: 2010/06/09 22:53 投稿番号: [3949 / 10174]
>自分の観念では「我」というのは、大いなる一つのもの(絶対根源)の意識、宇宙意識そのものを指すと思っています。言い方を変えれば全てが「我」で一つのものを「我」という漢字で表しているのではないですか?
お返事、ありがとう、ございます。貴方はなかなか、知ってますね。
『
我
』、というのは、ヒンズー教やバラモン教では、最高神である、梵天(プラフマン)であり、その言葉に、従う、アートマンであり、それが、理想とされました。
しかし、釈迦の世界では、梵天(プラフマン)も色界の第一禅定天にすぎず、釈迦の意識は、色界を超えて、無色界を超えた、実相にあると思います。
これは、私の妄想ですが。
だから、安易に、宇宙意識、という、今の精神世界用語を使うのは、良くないと思ってます。それは、ヒンズー教やバラモン教の復活なのですが、
言葉だけなのが、問題なのです。
>「自我」の自はエゴの事。我は全ての存在。だから自我はまとめれば
「大いなる一つのものの中の個の意識をもった自分と呼んでいるエゴ」といえるのでは?言葉で表現するのが難しい・・
エゴという言葉自体が、西洋精神世界の言葉のように、思えますが、ニセ知識によって作られた『
自分という意識
』が、エゴのように思えます。
精神世界の言葉は、一つ一つを吟味しなければなりません。
言葉で、分かるということはありません。それなら、ペーパー試験の世界になります!
が、正しい、言葉も必要だと思いますが、その上の世界もあると思います。
貴方の発した言葉は、精神世界で、良く使われる言葉ですが、それで、今の世界を生きていけることは、できないと、思います。
言葉のやり取りから、何もかも始まりますが、私が言いたいのは、
言葉のアヤで、悟ったような、感じにならないように!ということなのです。
後は、非常に長くなりそうなので、この辺で。
これは メッセージ 3944 (kagononakanotorii さん)への返信です.
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