サイレンスに入る者に
投稿者: zowgain 投稿日時: 2009/09/06 14:45 投稿番号: [1913 / 10174]
特別言葉はないのだが、
つまりカクレ氏への反論ではないのだが、
〝反〟五井野、とか〝反〟ロスチャとか
〝反〟という言葉が踊る段階で、もはや
デリケートな真実に触れる議論が
吹っ飛んでしまうと言うことだけは
ここのすべての人に言いたい。
参照:カクレイシ分析日記:パワーゲーム
http://ameblo.jp/zowgen/entry-10330826804.htmlわたしの文章をご覧の方は、わたしが単純な
〝反〟五井野ではないことを理解されていることと思う。
それに対しての韓国人がよく名前に使う“ただし”が
五井野氏や輿水氏の名前であることも面白い偶然だ。
〝正〟や〝反〟という言葉に踊らされること自体が
ウラでごちょごちょやってる連中の思うつぼなのであり、
じゃあ、だからといって〝反〟のさらに〝反〟だったら
この単語の呪縛から逃れることが出来るのか?
と言えばそれもまた浅はかなのではないかと思う。
今回、
とりあえずはそう指摘しておきたい。
ドクター、失礼いたしました!
ではでは
これは メッセージ 1912 (kakureisibesuto2009 さん)への返信です.
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