百太郎と私が見て考えたウィッピー
投稿者: saatexinnkixyuu 投稿日時: 2010/11/23 21:49 投稿番号: [764 / 7803]
★年表を見ると1992年銀座から五井野博士は浮世絵の展覧会をしているが、あの頃、高○という女性が活発に浮世絵展覧会をしていた。
★その頃、五井野博士の講演を聴きに行っていたのだが、講演が終わって、トイレに行こうとしたが、どこか?分からず、その高○という人が、いたから、
「 あの〜〜、トイレどこですか? 」って聞いたら、
異常に怒ったわけ、高○が。なんか、知らないが、超狂信的に見えたな。
★その高○が、集まりの前に皆の前で、話したのだが、その内容は、
『 借金しても浮世絵を買え 』っていうような話だったんだな。
★その高○という女性はどうなったか?というと、その1〜2年後に来なくなってしまった。借金して浮世絵買っていたから、動けなくなったのではないか?と推理できるな。
★百太郎氏の今の姿を見ていると、あの高○という女性を思いだすな。あの頃、博士に「 高○ 高○ 」って、良く言われて、一番前に座っていたからな。
★現金というのは、嘘の世界だから、浮世絵や純金に変えた方が良いのだが、当然、やりすぎは、ヤバイわけ。
★1990年前半を思い返すと、非常に熱烈に浮世絵の行を多くの会員が、やっていたのだが、あの頃、熱心にやっていた者は、今は、だ〜れもいなくなった。
★ウィッピーを考えると、
1、一時期熱心に活動をしていた者達は、いなくなる。
2、あまり活動しないで、創価学会婦人部のような者が残る。
3、凄い人が、残る。
この3つに分かれるかな。
★3の凄い人とは、『 鳩山さん、今日は 』の絵を1時間、熱意を持って語れる者たちだ。
★銀座から始まり、ロシアを頂点にした浮世絵の展覧会が、国後・択捉の『 芸術の島 』まで、行けば、あの二島は千年王国のさきがけとなり、地上を変えていたかもしれない。
★それこそ、6から9への革命である。浮世絵によって、世界を変えることになっていただろう。
★国後・択捉が芸術の島にならなかったので、今の八方塞がりの日本となったが、その原因は、池田大作とイスラエルだと思う。
★私が1990年に五井野博士の講演に参加した時、品川の高輪プリンスホテルだったかな?400人から500人くらい、参加していた。
★その400人から500人の中で、残っているのは、20人か30人だろう。
★私は1981年から五井野博士の本を読んで、10年の時間をかけて、参加したわけ。ウィッピー文明に出てくる人は、3人くらいしか、残ってないんじゃないかな。
★こうして、五井野博士に関して、ネットで、毎日、語っているのは、私だけだ。門人会から離れたから、精神は自由自在になっている。文章を書く時は、精神が自由自在でなければならない。
★20代の10年間は、七次元よりの使者や顕密法華やウィッピー文明を読んで、かつ、ノーシスの講師もやって、五井野博士にインタビューした、中部博氏は、私の19歳の頃の先生であり、戸井十月とか、週に一回あって、太田龍とは、22歳の頃あっていたな。
★思想・宗教系には、10代から興味があって、週刊プレイボーイに投稿したら、必ず掲載されたし、昔、あの週刊誌には、ヤング猛語録というコーナーがあったわけ。
★今、ネットで書いているトップだと私は思っている。副島・コシミズ・植草、全然ダメ。
★そして、私の一番の興味は、やはり、五井野博士だ。ウィッピー内の、五井野博士暗殺未遂事件にも、遭遇したが、その時、もうちょっと、私自身に戻っていれば、良かったんだが、あの頃は、『 お客さん 』的な感覚になってしまっていた。
★今は、10代のように、私自身に戻ったので、私が感じたことを正確に書いて行きたいと思っている。
★その頃、五井野博士の講演を聴きに行っていたのだが、講演が終わって、トイレに行こうとしたが、どこか?分からず、その高○という人が、いたから、
「 あの〜〜、トイレどこですか? 」って聞いたら、
異常に怒ったわけ、高○が。なんか、知らないが、超狂信的に見えたな。
★その高○が、集まりの前に皆の前で、話したのだが、その内容は、
『 借金しても浮世絵を買え 』っていうような話だったんだな。
★その高○という女性はどうなったか?というと、その1〜2年後に来なくなってしまった。借金して浮世絵買っていたから、動けなくなったのではないか?と推理できるな。
★百太郎氏の今の姿を見ていると、あの高○という女性を思いだすな。あの頃、博士に「 高○ 高○ 」って、良く言われて、一番前に座っていたからな。
★現金というのは、嘘の世界だから、浮世絵や純金に変えた方が良いのだが、当然、やりすぎは、ヤバイわけ。
★1990年前半を思い返すと、非常に熱烈に浮世絵の行を多くの会員が、やっていたのだが、あの頃、熱心にやっていた者は、今は、だ〜れもいなくなった。
★ウィッピーを考えると、
1、一時期熱心に活動をしていた者達は、いなくなる。
2、あまり活動しないで、創価学会婦人部のような者が残る。
3、凄い人が、残る。
この3つに分かれるかな。
★3の凄い人とは、『 鳩山さん、今日は 』の絵を1時間、熱意を持って語れる者たちだ。
★銀座から始まり、ロシアを頂点にした浮世絵の展覧会が、国後・択捉の『 芸術の島 』まで、行けば、あの二島は千年王国のさきがけとなり、地上を変えていたかもしれない。
★それこそ、6から9への革命である。浮世絵によって、世界を変えることになっていただろう。
★国後・択捉が芸術の島にならなかったので、今の八方塞がりの日本となったが、その原因は、池田大作とイスラエルだと思う。
★私が1990年に五井野博士の講演に参加した時、品川の高輪プリンスホテルだったかな?400人から500人くらい、参加していた。
★その400人から500人の中で、残っているのは、20人か30人だろう。
★私は1981年から五井野博士の本を読んで、10年の時間をかけて、参加したわけ。ウィッピー文明に出てくる人は、3人くらいしか、残ってないんじゃないかな。
★こうして、五井野博士に関して、ネットで、毎日、語っているのは、私だけだ。門人会から離れたから、精神は自由自在になっている。文章を書く時は、精神が自由自在でなければならない。
★20代の10年間は、七次元よりの使者や顕密法華やウィッピー文明を読んで、かつ、ノーシスの講師もやって、五井野博士にインタビューした、中部博氏は、私の19歳の頃の先生であり、戸井十月とか、週に一回あって、太田龍とは、22歳の頃あっていたな。
★思想・宗教系には、10代から興味があって、週刊プレイボーイに投稿したら、必ず掲載されたし、昔、あの週刊誌には、ヤング猛語録というコーナーがあったわけ。
★今、ネットで書いているトップだと私は思っている。副島・コシミズ・植草、全然ダメ。
★そして、私の一番の興味は、やはり、五井野博士だ。ウィッピー内の、五井野博士暗殺未遂事件にも、遭遇したが、その時、もうちょっと、私自身に戻っていれば、良かったんだが、あの頃は、『 お客さん 』的な感覚になってしまっていた。
★今は、10代のように、私自身に戻ったので、私が感じたことを正確に書いて行きたいと思っている。