カクレは天才、五井野の最高の弟子

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五井野正は高校時代に独自にナノホーン

投稿者: ryuugunotukaihime 投稿日時: 2012/08/02 07:10 投稿番号: [6642 / 7803]
▲五井野の高校時代ってナノホーンあったかな?▲

<カーボンナノチューブの発見と生産 >

1991年、日本の飯島澄男(当時NEC筑波研究所。現NEC特別主席研究員、産業技術総合研究所ナノチューブ応用研究センターセンター長、名城大学大学院理工学研究科教授)によって、フラーレンを作っている途中にアーク放電した炭素電極の陰極側の堆積物中から初めてTEM(透過電子顕微鏡)によって発見された[27]。この発見には幸運だけではなく、高度な電子顕微鏡技術も大きな役割を果たしていた。また、電子顕微鏡で観察・発見したというだけでなく、電子線回折像からナノチューブ構造を正確に解明した点に大きな功績が認められている。このときのCNTは多層CNT (MWNT) であった。この発見の後、日本の遠藤守信(当時信州大学工学部助教授。現同大教授、カーボン科学研究所所長、株式会社MEFS CTO)により、化学気相成長法によるカーボンナノチューブの大量生産技術が開発された。当該製法により生産されたカーボンナノチューブは「遠藤ファイバー」と呼ばれ、リチウム電池などに使用されているほか電子デバイス等多くの分野で実用化されている。この業績から飯島・遠藤両氏はノーベル賞候補とされている[28]。


カーボンナノチューブ及びカーボンナノファイバーに対する最初の観察と研究は、1952年のソビエト連邦までさかのぼる。この時点で既に2人のロシア人科学者によってカーボンナノチューブと思われるTEM写真と文献が書かれていた[29]。しかし、このときは言語の問題や冷戦中という事もあり、その詳細な構造や性質などは西側諸国にはよく分からないまま研究は置き去りにされていた。その後も複数の研究者達によってカーボンナノチューブの観察と考察がなされていたが大きな発展はなく、その詳細な構造が解明されて材料としての重要さが認識され、量産に至るのは1991年の飯島による再発見の後のことである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%8E%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%96



★考えることはどんな人間でも出来るが(−ω−)要は行動なのだ!・・・で・・・その後どこで研究した?空き缶拾いに夢中になってたんじゃないの?

五井野君が高校生の時ってナノテクってあったの?。「ナノテクノロジー」という用語は1974年に元東京理科大学教授の谷口紀男が提唱した用語だが

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%8E%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC




五井野君は1969年に神奈川県立多摩高等学校卒業されてるが・・・

ナノテクもうちょっと調べるか・・・・・・辻褄が合わない
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