2、恐山のイタコレベルの霊媒言語
投稿者: ryuugunotukalhime 投稿日時: 2012/07/27 10:40 投稿番号: [6605 / 7803]
★私は21歳から五井野正の「七次元よりの使者」を読んでいて、24歳から「密の法華三部経大系」を読んでいるから、30年間読んでいて、その間に知人に無料で配っていたが、本を読んだ人の感想で一番多いのが「何を書いているのか、わからん」だ。五井野正の文章は何書いているのか?わからんのだが、本文に入る前の、最初の霊言はわかりやすい。
★最初に日蓮とか釈迦とか伝教大師と名のる人物が発言(霊言)して、竜宮乙姫の言葉などが並び、全て「五井野正大賞賛」の言葉。これはナンダ!?と大川隆法の出現前の人間なら感じる。もちろん大川隆法の霊言などニセモノだが、過去の偉人の霊言を最初にやったのが、五井野正だった。
★しかし七次元の使者・第0巻にモーセの霊言があり、密の法華三部経に聖徳太子の霊言がある。そこで霊言の正体がわかるということ。モーセは南ユダヤの創作(ヤハウェも)で、聖徳太子も百済の威徳王の余昌をモデルに創作した架空の人物。威徳王の徳(トク)と余昌の昌(ショウ)を取って逆さにして聖徳とし、当時、長男は大子と言われたから太子としたのが、聖徳太子創作の謎解きだが、聖徳太子は実在しなく架空(創作)の人物に言わせたニセの霊言だったわけだ。
★もっとも聖徳太子が存在しないことを五井野正も気づいたのか、聖徳太子の正体は蘇我馬子などと講演で言っていたが、蘇我馬子も存在しないw 古事記や日本書記が朝鮮半島(新羅と百済の合成史)の歴史だと分かってないからだ。
★また仏教が日本に入って来たのが538年で、それをゴミヤと読み、空缶拾いをすることが仏教の始まり、とか言っていたが、日本の古代史は実在の初代天皇(今の天皇歴で42代)の新羅系の文武天皇(金霜林)や百済系の桓武天皇や藤原氏によって改竄されたもので、朝鮮の歴史を借りて日本史と言っているわけで、538年に日本に仏教が入ったのかはわからない。日本の古代史は朝鮮史だと分かってないから、このような発言をするのだが、そこが浅はかで、自称している創造神とか法華経の主の大通智勝如来では到底ないだろう。
★また聖徳太子が架空(創作された)の人物ということは、五井野正の初期の理論の五カン行が崩壊する。五カン行とは現代の行が空缶拾いの缶行で、日蓮の行が巻行で、伝教大師の行が館行で、聖徳太子の行が感行で、天台大師の行が観行というもの。五カン行の全てが出来て「虚空と往来できる」ということだったが、聖徳太子が存在しないことで、この理論も破綻である。
★要するに五井野正の初期の本の扉に出てくる日蓮とか天台大師とか釈迦とかの霊言は、どこの馬の骨だかわからん人物の霊か?かってに自分に都合の良い霊言を創作したものだ。まず、日蓮や天台大師や釈迦の本物ではない。彼の霊言は恐山のイタコレベルである。
★最初に日蓮とか釈迦とか伝教大師と名のる人物が発言(霊言)して、竜宮乙姫の言葉などが並び、全て「五井野正大賞賛」の言葉。これはナンダ!?と大川隆法の出現前の人間なら感じる。もちろん大川隆法の霊言などニセモノだが、過去の偉人の霊言を最初にやったのが、五井野正だった。
★しかし七次元の使者・第0巻にモーセの霊言があり、密の法華三部経に聖徳太子の霊言がある。そこで霊言の正体がわかるということ。モーセは南ユダヤの創作(ヤハウェも)で、聖徳太子も百済の威徳王の余昌をモデルに創作した架空の人物。威徳王の徳(トク)と余昌の昌(ショウ)を取って逆さにして聖徳とし、当時、長男は大子と言われたから太子としたのが、聖徳太子創作の謎解きだが、聖徳太子は実在しなく架空(創作)の人物に言わせたニセの霊言だったわけだ。
★もっとも聖徳太子が存在しないことを五井野正も気づいたのか、聖徳太子の正体は蘇我馬子などと講演で言っていたが、蘇我馬子も存在しないw 古事記や日本書記が朝鮮半島(新羅と百済の合成史)の歴史だと分かってないからだ。
★また仏教が日本に入って来たのが538年で、それをゴミヤと読み、空缶拾いをすることが仏教の始まり、とか言っていたが、日本の古代史は実在の初代天皇(今の天皇歴で42代)の新羅系の文武天皇(金霜林)や百済系の桓武天皇や藤原氏によって改竄されたもので、朝鮮の歴史を借りて日本史と言っているわけで、538年に日本に仏教が入ったのかはわからない。日本の古代史は朝鮮史だと分かってないから、このような発言をするのだが、そこが浅はかで、自称している創造神とか法華経の主の大通智勝如来では到底ないだろう。
★また聖徳太子が架空(創作された)の人物ということは、五井野正の初期の理論の五カン行が崩壊する。五カン行とは現代の行が空缶拾いの缶行で、日蓮の行が巻行で、伝教大師の行が館行で、聖徳太子の行が感行で、天台大師の行が観行というもの。五カン行の全てが出来て「虚空と往来できる」ということだったが、聖徳太子が存在しないことで、この理論も破綻である。
★要するに五井野正の初期の本の扉に出てくる日蓮とか天台大師とか釈迦とかの霊言は、どこの馬の骨だかわからん人物の霊か?かってに自分に都合の良い霊言を創作したものだ。まず、日蓮や天台大師や釈迦の本物ではない。彼の霊言は恐山のイタコレベルである。
これは メッセージ 6604 (琉宮の遣い姫 さん)への返信です.