日本チームは根本的に腐っている。と思う
投稿者: afredhitchcock 投稿日時: 2012/04/23 14:55 投稿番号: [4126 / 7803]
http://mitsuru0119.cocolog-nifty.com/blog/cat22807533/index.html
前略 --------
もし「日本がひとつのチーム」だとしたら、なぜ東京電力は、政府は、経産省や文科省は、原発事故や放射性物質による被害についての正確な情報を国民に伝えなかったのか。なぜテレビに出てくる学者たちは、放射性物質の危険性について正しく語らなかったのか。なぜマスコミは、それらの情報を検証せず、ただ国民にそうした「大本営発表」を垂れ流したのか。
過去のことだけではない。今なお、政府は原発事故が収束したと宣言し、立地自治体の住民はじめ国民の多くが反対、あるいは不安視している原発を再稼働させようとしている。それに電力会社はもちろん、経団連や大手銀行といった大手企業も乗っかっている。
ご存じの通り、原発事故はまったく収束していない。福島第一原発からは、今も少なからず放射性物質が出続け、大気や土壌、海や川、つまり日本の国土すべてを汚染し続けている。しかし、大手新聞や地上波テレビは、まるで原発事故が「終わったこと」でもあるかのように、そうした事実に触れようとはしないし、原発事故以来、各地で盛り上がっている反原発・脱原発運動の報道も、ほとんどしない。
その一方で、マスコミは、政府が推し進める瓦礫の広域処理を後押しするような報道を続けている。確かに「絆」を謳うには、全国が「痛み」を分かち合う広域処理は、一見妥当なことのように思える。しかし、実は広域で処理するものは、東北で出た瓦礫の20%に過ぎない。当事者である東北の首長らも、地元で処理すれば雇用も生まれるし、再利用の手立ても容易だから、自分たちでやらせてほしいと発言している。さらに瓦礫に含まれる放射性物質の正確な値も不確かなままなので、受け入れ先の各自治体住民は反対・不安視している。
ざっと思い浮かべるだけでも、これだけの現実がある。これで「日本がひとつのチーム」だとか「絆」だとか、そうした物言いを本気で信じられるほど、私はお人好しではない。
もっと言えば、今回の原発事故で最も被害を受けた福島県民に限定しても、「ひとつのチーム」というには程遠いようだ。子供を県外に避難させると「逃げるのか」「卑怯者」呼ばわりされ、マスクをしているだけでも「恐怖心を煽る」と非難される。被曝を気にして学校で牛乳を飲まないだけでも白眼視されるので、子供が「病気になってもいいからみんなと一緒に牛乳を飲みたい」と親に泣きつくという。
そのような状態で「ひとつのチーム」だとか「絆」とかの言葉を持ち出すこと自体、私にはブラックジョークとしか思えないが、どうも日本人はこうした物言いを肯定したがるきらいがある。
後略−−−−−−−−−
前略 --------
もし「日本がひとつのチーム」だとしたら、なぜ東京電力は、政府は、経産省や文科省は、原発事故や放射性物質による被害についての正確な情報を国民に伝えなかったのか。なぜテレビに出てくる学者たちは、放射性物質の危険性について正しく語らなかったのか。なぜマスコミは、それらの情報を検証せず、ただ国民にそうした「大本営発表」を垂れ流したのか。
過去のことだけではない。今なお、政府は原発事故が収束したと宣言し、立地自治体の住民はじめ国民の多くが反対、あるいは不安視している原発を再稼働させようとしている。それに電力会社はもちろん、経団連や大手銀行といった大手企業も乗っかっている。
ご存じの通り、原発事故はまったく収束していない。福島第一原発からは、今も少なからず放射性物質が出続け、大気や土壌、海や川、つまり日本の国土すべてを汚染し続けている。しかし、大手新聞や地上波テレビは、まるで原発事故が「終わったこと」でもあるかのように、そうした事実に触れようとはしないし、原発事故以来、各地で盛り上がっている反原発・脱原発運動の報道も、ほとんどしない。
その一方で、マスコミは、政府が推し進める瓦礫の広域処理を後押しするような報道を続けている。確かに「絆」を謳うには、全国が「痛み」を分かち合う広域処理は、一見妥当なことのように思える。しかし、実は広域で処理するものは、東北で出た瓦礫の20%に過ぎない。当事者である東北の首長らも、地元で処理すれば雇用も生まれるし、再利用の手立ても容易だから、自分たちでやらせてほしいと発言している。さらに瓦礫に含まれる放射性物質の正確な値も不確かなままなので、受け入れ先の各自治体住民は反対・不安視している。
ざっと思い浮かべるだけでも、これだけの現実がある。これで「日本がひとつのチーム」だとか「絆」だとか、そうした物言いを本気で信じられるほど、私はお人好しではない。
もっと言えば、今回の原発事故で最も被害を受けた福島県民に限定しても、「ひとつのチーム」というには程遠いようだ。子供を県外に避難させると「逃げるのか」「卑怯者」呼ばわりされ、マスクをしているだけでも「恐怖心を煽る」と非難される。被曝を気にして学校で牛乳を飲まないだけでも白眼視されるので、子供が「病気になってもいいからみんなと一緒に牛乳を飲みたい」と親に泣きつくという。
そのような状態で「ひとつのチーム」だとか「絆」とかの言葉を持ち出すこと自体、私にはブラックジョークとしか思えないが、どうも日本人はこうした物言いを肯定したがるきらいがある。
後略−−−−−−−−−
これは メッセージ 1 (またやんに帰れ さん)への返信です.