オアソビの道具=生活必需品“ではない”
投稿者: tsukkomi_only 投稿日時: 2010/02/26 19:38 投稿番号: [870 / 2230]
> 誇大広告(誇張)と言えるかもしれないが間違いではない
例えば、
「F1マシンは、乗用車よりも速い」は事実であり、
また、使われている比喩も、一般論として正しい。
が、
「F1マシンは、乗用車よりも速い。
だから、“どんな時でも”乗用車に負けることはない」や、
「F1マシンは、乗用車よりも速い。
しかも、“飛んでいる”戦闘機よりも速い」のように、
単一の事象、
「F1マシンは、速い」が事実であったとしても、
“事実とは大凡において異なる”比喩、
則ち【誇大】や【誇張】、【粉飾】等を加えることにより、
『言っていることが、【間違っている】(=事実と違う)』となる。
して、キミは、
「原付二種は燃費がよい」という“単一の事象”に、
“都合の良い”【誇大】や【誇張】、【粉飾】等を付け加えている。
故に、
それぞれの論いおいて「間違い(結果的に、ウソ)」となるのだよ。
> 製造段階のCO2がどうの、とか言って全否定してしまうからおかしくなる
> それを言いだしたら、世の中のほとんどの「温暖化対策」は破たんしてしまいます
今の(もしくは、これから世に出る)地球温暖化対策(品・施設)の【殆ど】は、
『施設(等の)運用の開始から終了(閉鎖など)までの期間は基より、
製造時や廃棄(リサイクル)時における二酸化炭素の排出を含めた、
【トータルでの削減】を基本としている』し、
また、
今後の地球温暖化対策は、【全て】“そうでなければならない”。
(でなければ、環境負荷は悪化する一方であり、回復することは有り得ない。)
※話題の「運用時には、殆ど二酸化炭素を発生しない風力発電」であっても、
運用(耐用)年が“ものの数年”しかなく(もしくは、発電量が小さすぎて)、
建造時の莫大な二酸化炭素(等)を回収できない…という代物(欠陥設計)であれば、
環境(地球温暖化対策)には明らかにマイナスであり、
当然、実施(施工)されることはないし、また、してはならないのだ。
して、
キミの(提言)論は、
(上記「風力発電」に置き換えるなら)
『「建造時の莫大な二酸化炭素(等)を【回収できない】」という“欠陥”を【隠し】、
かつ、
「運用時には、殆ど二酸化炭素を発生しない」という事実だけを【誇張】して、
【トータルでは】地球温暖化【対策にはならない(寧ろマイナス)】というプランを、
自己の都合(=利権を得るため)のみで推し進める。』
に等しいのである。
※因みに、
「それでも(地球温暖化対策にならなくとも)、
限られた一部の人間(地権者や施工業者等、利権を得た者)の
【ふところ(財布)“だけ”】は、潤う(温まる)」というのも、同じ…つーのは、
笑えるけど、笑えねぇな。
よって、
上記のような行為が許されるはずもなく、
“善良な”(環境負荷と税負担を押しつけられる)一市民としては、
反対するのは、当然と言えよう。
> 私はバイクに目覚めてからは、完全に生活上の必需品になった
「生活“必需”品」と言うのは、な、
『生活には“無くてはならない”物を、指して言う』のだよ。
因って、
物品がバイクであるなら、
例えば、
「【通勤】に“必ず要る”」や「【買い物】に“必ず要る”」等、
『それが無ければ、日々の生活が成り立たない』場合に、
初めて「生活“必需”品」と言えるのだ。
して、【キミの場合】どうだ?
用途は「【オアソビ】」である因ってに、
間違っても、
生活必需品とは【言えない】ダロ。
例えば、
「F1マシンは、乗用車よりも速い」は事実であり、
また、使われている比喩も、一般論として正しい。
が、
「F1マシンは、乗用車よりも速い。
だから、“どんな時でも”乗用車に負けることはない」や、
「F1マシンは、乗用車よりも速い。
しかも、“飛んでいる”戦闘機よりも速い」のように、
単一の事象、
「F1マシンは、速い」が事実であったとしても、
“事実とは大凡において異なる”比喩、
則ち【誇大】や【誇張】、【粉飾】等を加えることにより、
『言っていることが、【間違っている】(=事実と違う)』となる。
して、キミは、
「原付二種は燃費がよい」という“単一の事象”に、
“都合の良い”【誇大】や【誇張】、【粉飾】等を付け加えている。
故に、
それぞれの論いおいて「間違い(結果的に、ウソ)」となるのだよ。
> 製造段階のCO2がどうの、とか言って全否定してしまうからおかしくなる
> それを言いだしたら、世の中のほとんどの「温暖化対策」は破たんしてしまいます
今の(もしくは、これから世に出る)地球温暖化対策(品・施設)の【殆ど】は、
『施設(等の)運用の開始から終了(閉鎖など)までの期間は基より、
製造時や廃棄(リサイクル)時における二酸化炭素の排出を含めた、
【トータルでの削減】を基本としている』し、
また、
今後の地球温暖化対策は、【全て】“そうでなければならない”。
(でなければ、環境負荷は悪化する一方であり、回復することは有り得ない。)
※話題の「運用時には、殆ど二酸化炭素を発生しない風力発電」であっても、
運用(耐用)年が“ものの数年”しかなく(もしくは、発電量が小さすぎて)、
建造時の莫大な二酸化炭素(等)を回収できない…という代物(欠陥設計)であれば、
環境(地球温暖化対策)には明らかにマイナスであり、
当然、実施(施工)されることはないし、また、してはならないのだ。
して、
キミの(提言)論は、
(上記「風力発電」に置き換えるなら)
『「建造時の莫大な二酸化炭素(等)を【回収できない】」という“欠陥”を【隠し】、
かつ、
「運用時には、殆ど二酸化炭素を発生しない」という事実だけを【誇張】して、
【トータルでは】地球温暖化【対策にはならない(寧ろマイナス)】というプランを、
自己の都合(=利権を得るため)のみで推し進める。』
に等しいのである。
※因みに、
「それでも(地球温暖化対策にならなくとも)、
限られた一部の人間(地権者や施工業者等、利権を得た者)の
【ふところ(財布)“だけ”】は、潤う(温まる)」というのも、同じ…つーのは、
笑えるけど、笑えねぇな。
よって、
上記のような行為が許されるはずもなく、
“善良な”(環境負荷と税負担を押しつけられる)一市民としては、
反対するのは、当然と言えよう。
> 私はバイクに目覚めてからは、完全に生活上の必需品になった
「生活“必需”品」と言うのは、な、
『生活には“無くてはならない”物を、指して言う』のだよ。
因って、
物品がバイクであるなら、
例えば、
「【通勤】に“必ず要る”」や「【買い物】に“必ず要る”」等、
『それが無ければ、日々の生活が成り立たない』場合に、
初めて「生活“必需”品」と言えるのだ。
して、【キミの場合】どうだ?
用途は「【オアソビ】」である因ってに、
間違っても、
生活必需品とは【言えない】ダロ。
これは メッセージ 857 (tensin_motomura さん)への返信です.