環境問題について
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2005/07/13 09:45 投稿番号: [877 / 1931]
なつおさん、こんにちは
環境問題について、ゆうゆうの意見を言います。
これは現時点での意見で、変化してゆく可能性はいつもありますので、そのつもりでお聞きください。
セミナーがどういうものだったのかは、わかりませんが、環境問題そのものは、これはみんなでどうにかしなければならない問題です。
一部の人ががんばっても、苦しんでどんなに努力しても、それが一部のものの範囲でしか実現しなければ環境問題は解決しません。
しかし、環境問題においてどの程度までならたとえば二酸化炭素を排出していいのかはっきりしにくい問題があります。
目で見てすぐわからない問題であり、責任問題の所在も特定しにくい複雑性があります。
南の島では海面上昇で島民が皆移住したという話も聞いています。
私たちは、このまま進んではいけないのは明らかです。
どうにかしなければ、と思うのは、健全な意識だと思います。
環境問題を他人事ではなく自分の問題と考えてなんとかしたいと思う気持ちは否定されるべきものではありません。
必要な問題意識です。
それをどう伝えるか、訴えるか、かんがえてもらうか、、、責任を取ってもらうか、、、は、人により、相手により反応は違うのでこれが正しいという方法はありません。
しかし、みんな困るんだから、なんとかしようよという意識であれば、その意識はかけがえない意識です。
それを無視して否定してしまう意識にどう対処するかは、対処方法をいろいろに試して試行錯誤していい方法を考えましょう。
ゆうゆうも試行錯誤しています。
環境問題や人権問題やいじめ問題などにはどうしても必要なら強制力が必要かもしれません。
環境問題の責任の所在を明確にすると話は早くなるのですが、、、
人類の試練ですね
この階段をうまくみんなで上れれば、希望が見えるかもしれません^^
なんとかうまく階段を上れるように祈っています。
環境よりも国益が大事では、、、うまくゆきません。。。
私たちの試練です。
もう世界大戦はごめんです。
個人型自給自足自治を実現することで、個人として責任を自覚して生きれる選択肢を創造したいとゆうゆうは思っています。
多数決という仕組みによって、個人の意識的に自己責任で選択して生きる権利をかなり勝手に奪われていると思っています。
これは魂の基本的権利だと思っています。
これが完全に否定される世界には生きたいとは思いません。
また、それを否定するものにいじめられるものたちをほっときたくもありません。
でないと、自分がほっとかれますから。。。
同時に環境問題やいじめや安全保護問題や合意の尊重される関係性の保障保護、などは、地球レベルで皆で守りあう必要があると思っています。
現在思っていることは、こんなところです。
ペコリ
環境問題について、ゆうゆうの意見を言います。
これは現時点での意見で、変化してゆく可能性はいつもありますので、そのつもりでお聞きください。
セミナーがどういうものだったのかは、わかりませんが、環境問題そのものは、これはみんなでどうにかしなければならない問題です。
一部の人ががんばっても、苦しんでどんなに努力しても、それが一部のものの範囲でしか実現しなければ環境問題は解決しません。
しかし、環境問題においてどの程度までならたとえば二酸化炭素を排出していいのかはっきりしにくい問題があります。
目で見てすぐわからない問題であり、責任問題の所在も特定しにくい複雑性があります。
南の島では海面上昇で島民が皆移住したという話も聞いています。
私たちは、このまま進んではいけないのは明らかです。
どうにかしなければ、と思うのは、健全な意識だと思います。
環境問題を他人事ではなく自分の問題と考えてなんとかしたいと思う気持ちは否定されるべきものではありません。
必要な問題意識です。
それをどう伝えるか、訴えるか、かんがえてもらうか、、、責任を取ってもらうか、、、は、人により、相手により反応は違うのでこれが正しいという方法はありません。
しかし、みんな困るんだから、なんとかしようよという意識であれば、その意識はかけがえない意識です。
それを無視して否定してしまう意識にどう対処するかは、対処方法をいろいろに試して試行錯誤していい方法を考えましょう。
ゆうゆうも試行錯誤しています。
環境問題や人権問題やいじめ問題などにはどうしても必要なら強制力が必要かもしれません。
環境問題の責任の所在を明確にすると話は早くなるのですが、、、
人類の試練ですね
この階段をうまくみんなで上れれば、希望が見えるかもしれません^^
なんとかうまく階段を上れるように祈っています。
環境よりも国益が大事では、、、うまくゆきません。。。
私たちの試練です。
もう世界大戦はごめんです。
個人型自給自足自治を実現することで、個人として責任を自覚して生きれる選択肢を創造したいとゆうゆうは思っています。
多数決という仕組みによって、個人の意識的に自己責任で選択して生きる権利をかなり勝手に奪われていると思っています。
これは魂の基本的権利だと思っています。
これが完全に否定される世界には生きたいとは思いません。
また、それを否定するものにいじめられるものたちをほっときたくもありません。
でないと、自分がほっとかれますから。。。
同時に環境問題やいじめや安全保護問題や合意の尊重される関係性の保障保護、などは、地球レベルで皆で守りあう必要があると思っています。
現在思っていることは、こんなところです。
ペコリ
これは メッセージ 873 (natsuo_000 さん)への返信です.
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