Re: いいと思います
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/08/27 13:14 投稿番号: [1806 / 1931]
どうもありがとう。
私もまだまだ未熟な人間です。わからないことだらけです。
それでもよりよい世界を目指しています。
私(たち)の目指すものが、よりよい方向であるかどうか、確かめる対話は大歓迎です。
協同することについて、思っていることを述べさせてもらいます。
良心に反した不当な支配をするものたちに対しては、違いではなく一致点で
協同し対処するのは、より効果的ですが、
万が一、人質を取るような無差別的な暴力を使われると面倒なことになります。
そうしたリスクに対処しうる防衛手段が私は必要だと感じています。
また、ほとんどの人間は支配意識たちの支配を受けてしまうように創造設定されているようなので、それから自由になれる方法が確保されていないと、
そうした内面の支配を受けて気が変わるとか、考えがころころ変わるとかが
生じることもあり、相手を本当に理解できる心眼や守れる能力がないならば、相手を選ばず、準備をしないで、うかつに協同することで、目標実現に、マイナスに作用することもあります。
私は、真実を知ることができるようにならないと、まあ、そこまででなくても、
少なくとも、支配するものたちの動きを正しく知ることができるようにならないと、むやみに協同するのは、リスクがありすぎるとこれまでの人生体験から判断していました。
なぜならば、自分の目がよく見えないままに、相手が敵か味方か、どういうものか、どんな可能性があるか、わからないままに相手に危険を伴なう高い山の頂上に行こうと呼びかけることに等しい行為であると感じたからです。
そして、そもそも自分自身の内面がまだしっかりと自治できていないことが
わかっていたからです。
目がよく見えず、かつ、船の舵も思うように操作できないとしたら、
仲間を乗せて船出しようとは思うべきではありません。
しかし、かといって、一生、いつまでも船出しないというのも問題です。
であれば、同志との連絡に無線装置もって、小回りのきく性能のいい小船なんかで単独で海に出るのがいいかな〜とか、考えていました。
まあ、これは例えなんですけど。
ベースキャンプがあり、そこまでなら多くのものが協同できる。。。
しかし、頂上に近いアタックキャンプになってくれば、空気も希薄になり、必要な訓練をしていないものは、進めなくなる。
そして、頂上付近の風や落石も多いオーバーハングの岩登りや氷壁になれば、危険すぎて複数人のパーティよりも訓練をした単独登頂のほうが成功率が高くなる。
場所によっては、ザイルワークで互いに安全を確保することで互いの
安全を守りあえるが、それは千変万化の危険な山のどんなケースでも通用しうるものでもない。
外すことのできないザイルをつなぎあうことで、共倒れになることもある。
だから、私は、独りであり続けたいと思っている。
とはいっても、独りであるもの同士が協同できないわけではない。
友になれないものでもない。
その協同は、目標を同じくするものとして互いにその実現を協力しあう。
その目標として、私は、いままで
1、良心に反する不当な支配をやめさせること
2、すべての体験意識(動物なども含む)が、平和的に自給自足自治できるような生き方、あり方、方法、世界、を創造すること
3、そして、互いに自分が選ぶ行為や選択の内容を正しく説明され、理解したもの同士が、互いの心からの合意納得を前提として、自由に関係性を持つこと、また
その関係性から自由になることが、保証保護される世界にすること。
(真の合意が良心的に尊重される世界)
などを違う場所の掲示板などでも提案してきました。
デジコムさんが、望む目標は、どんなものになりますか?
私もまだまだ未熟な人間です。わからないことだらけです。
それでもよりよい世界を目指しています。
私(たち)の目指すものが、よりよい方向であるかどうか、確かめる対話は大歓迎です。
協同することについて、思っていることを述べさせてもらいます。
良心に反した不当な支配をするものたちに対しては、違いではなく一致点で
協同し対処するのは、より効果的ですが、
万が一、人質を取るような無差別的な暴力を使われると面倒なことになります。
そうしたリスクに対処しうる防衛手段が私は必要だと感じています。
また、ほとんどの人間は支配意識たちの支配を受けてしまうように創造設定されているようなので、それから自由になれる方法が確保されていないと、
そうした内面の支配を受けて気が変わるとか、考えがころころ変わるとかが
生じることもあり、相手を本当に理解できる心眼や守れる能力がないならば、相手を選ばず、準備をしないで、うかつに協同することで、目標実現に、マイナスに作用することもあります。
私は、真実を知ることができるようにならないと、まあ、そこまででなくても、
少なくとも、支配するものたちの動きを正しく知ることができるようにならないと、むやみに協同するのは、リスクがありすぎるとこれまでの人生体験から判断していました。
なぜならば、自分の目がよく見えないままに、相手が敵か味方か、どういうものか、どんな可能性があるか、わからないままに相手に危険を伴なう高い山の頂上に行こうと呼びかけることに等しい行為であると感じたからです。
そして、そもそも自分自身の内面がまだしっかりと自治できていないことが
わかっていたからです。
目がよく見えず、かつ、船の舵も思うように操作できないとしたら、
仲間を乗せて船出しようとは思うべきではありません。
しかし、かといって、一生、いつまでも船出しないというのも問題です。
であれば、同志との連絡に無線装置もって、小回りのきく性能のいい小船なんかで単独で海に出るのがいいかな〜とか、考えていました。
まあ、これは例えなんですけど。
ベースキャンプがあり、そこまでなら多くのものが協同できる。。。
しかし、頂上に近いアタックキャンプになってくれば、空気も希薄になり、必要な訓練をしていないものは、進めなくなる。
そして、頂上付近の風や落石も多いオーバーハングの岩登りや氷壁になれば、危険すぎて複数人のパーティよりも訓練をした単独登頂のほうが成功率が高くなる。
場所によっては、ザイルワークで互いに安全を確保することで互いの
安全を守りあえるが、それは千変万化の危険な山のどんなケースでも通用しうるものでもない。
外すことのできないザイルをつなぎあうことで、共倒れになることもある。
だから、私は、独りであり続けたいと思っている。
とはいっても、独りであるもの同士が協同できないわけではない。
友になれないものでもない。
その協同は、目標を同じくするものとして互いにその実現を協力しあう。
その目標として、私は、いままで
1、良心に反する不当な支配をやめさせること
2、すべての体験意識(動物なども含む)が、平和的に自給自足自治できるような生き方、あり方、方法、世界、を創造すること
3、そして、互いに自分が選ぶ行為や選択の内容を正しく説明され、理解したもの同士が、互いの心からの合意納得を前提として、自由に関係性を持つこと、また
その関係性から自由になることが、保証保護される世界にすること。
(真の合意が良心的に尊重される世界)
などを違う場所の掲示板などでも提案してきました。
デジコムさんが、望む目標は、どんなものになりますか?
これは メッセージ 1805 (digital_comic_12 さん)への返信です.
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