Re: 複合解とみんな幸せの最適化
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2007/04/15 19:27 投稿番号: [1399 / 1931]
いろいろな体験を通じて、因果律というものが、存在すると私はかなり確信しています。
それは、私の中にあり、また、他の存在(魂)の中にも見ます。
ただ、今あるほとんどの国家や団体や宗教や家庭や学校や、、、、において、その因果律が告知されないままに、その存在の可能性を破壊するいろいろな仕組みが存在していると観察しています。
会社でも地域自治体でも家族ですら、すべて、、、とは言いませんが、多くの場合、それが当たり前にさえ、なっていることを、私は、問題であると指摘しています。
因果律を理解できる能力があるものに、それを知り、理解しているものが、その告知をしないで、因果律によって裁いたり、罠を仕掛けたり、することは、排他的であり、自己破壊的ですらあります。
これは、この惑星の生態系を計画したものの落ち度かもしれませんが、だからといって、このままでは、生きる価値のある世界であるといえない世界になりかねません。
すでに、、、多くの魂が、この惑星から消えていきました。
平和的に生き、よりよきを分かち合うことを妨げるような支配の仕組みは、私は、すべて容認していません。
多数決も、例外ではありません。
特権や詐欺と同じような方法を使った好き勝手な金による支配も例外ではありません。今まで、いや、今も、そういうことを続けれる仕組みによって、多くのものが平和に生きる可能性を失っています。
まずは、すべての者に平和的に自給自治でき、自分自身の魂として成長できる保障を与える義務が支配するものたちには、あるのです。
平和にまじめに労働して自給自治する権利さえも保障されない世界、それが否定されている支配社会、これは因果律によって、その世界や社会の支配者(意識、魂)が、自らのその権利を自ら否定しているのと同じであると、、、。。。
支配(相手を自由にできる能力)は、すべて相手に正しく因果律を告知し、悪い選択をしたくなるような苦しみや誘惑や罠や仕組みを取り除き、平和的に自給自治できる仕組みを保障し、その上で真実の因果律に基づいてのみ、なしてもよいものである。。。
それが、あるべき支配であり、それは愛という名前がふさわしいものでもある。
その愛は、国や宗教や会社や地域や言語や人種やすべての表面的な違いによって変化しない。
この可能性、いや、義務を無視してどんな者であれ、身勝手に他の意識を支配する権利はない。
これが、私の主張した内容なのです。
あはは、はい、楽しみに、、、いつになるかわかりませんが、見てみたいです^^
多分、大丈夫でしょう。
いろいろな苦労がありますが、すべての失敗は、教訓として、、、みんな幸せな方向へ向かえるのではないかと思っています。しかし、あまりつらい思いをするとトラウマになって大変です。私もまだまだ勉強中です〜^^
忙しく、かつ、マイペースでやっているもので、書き込みペースにばらつきがでますが、それでよければ、お誘いがあれば、参加できると思われます。
特に、ルールや義務がなければ、自由であれば、問題ないです。
もし、ルールや義務などがあれば、その都度言ってくだされば、その都度対応を考えます。
菜食については、興味のある分野でしたので、拝見させていただきました。
私も、結構こだわってやっています。
私は、因果律の意味を考えるとあまり食べたくないというところから、だんだん肉>魚>魚介類>卵>乳製品を止めるところまで来ましたが、人口光合成できたら、、、いいな〜とかも思います。なんかできる可能性があると感じます。
後、アクアリウムに藻類とバクテリア類が加わり、生活廃水の浄化などの調査などとリンクすれば、なかなか興味があります。
これから、水の浄化の仕組みを考えてゆこうと思っています。
まあ、技術的には、すでにあるんですが、、、、。
それを個人で実現したいと思っているわけです。
薬用樹やハーブや果樹などの森のような庭があると素敵ですね。
実は、密かに前から実現したいと思って、今もまだチャンスがあると見ています。
そう遠くない未来に、どこかに場所をゲットする予定です。
それは、私の中にあり、また、他の存在(魂)の中にも見ます。
ただ、今あるほとんどの国家や団体や宗教や家庭や学校や、、、、において、その因果律が告知されないままに、その存在の可能性を破壊するいろいろな仕組みが存在していると観察しています。
会社でも地域自治体でも家族ですら、すべて、、、とは言いませんが、多くの場合、それが当たり前にさえ、なっていることを、私は、問題であると指摘しています。
因果律を理解できる能力があるものに、それを知り、理解しているものが、その告知をしないで、因果律によって裁いたり、罠を仕掛けたり、することは、排他的であり、自己破壊的ですらあります。
これは、この惑星の生態系を計画したものの落ち度かもしれませんが、だからといって、このままでは、生きる価値のある世界であるといえない世界になりかねません。
すでに、、、多くの魂が、この惑星から消えていきました。
平和的に生き、よりよきを分かち合うことを妨げるような支配の仕組みは、私は、すべて容認していません。
多数決も、例外ではありません。
特権や詐欺と同じような方法を使った好き勝手な金による支配も例外ではありません。今まで、いや、今も、そういうことを続けれる仕組みによって、多くのものが平和に生きる可能性を失っています。
まずは、すべての者に平和的に自給自治でき、自分自身の魂として成長できる保障を与える義務が支配するものたちには、あるのです。
平和にまじめに労働して自給自治する権利さえも保障されない世界、それが否定されている支配社会、これは因果律によって、その世界や社会の支配者(意識、魂)が、自らのその権利を自ら否定しているのと同じであると、、、。。。
支配(相手を自由にできる能力)は、すべて相手に正しく因果律を告知し、悪い選択をしたくなるような苦しみや誘惑や罠や仕組みを取り除き、平和的に自給自治できる仕組みを保障し、その上で真実の因果律に基づいてのみ、なしてもよいものである。。。
それが、あるべき支配であり、それは愛という名前がふさわしいものでもある。
その愛は、国や宗教や会社や地域や言語や人種やすべての表面的な違いによって変化しない。
この可能性、いや、義務を無視してどんな者であれ、身勝手に他の意識を支配する権利はない。
これが、私の主張した内容なのです。
あはは、はい、楽しみに、、、いつになるかわかりませんが、見てみたいです^^
多分、大丈夫でしょう。
いろいろな苦労がありますが、すべての失敗は、教訓として、、、みんな幸せな方向へ向かえるのではないかと思っています。しかし、あまりつらい思いをするとトラウマになって大変です。私もまだまだ勉強中です〜^^
忙しく、かつ、マイペースでやっているもので、書き込みペースにばらつきがでますが、それでよければ、お誘いがあれば、参加できると思われます。
特に、ルールや義務がなければ、自由であれば、問題ないです。
もし、ルールや義務などがあれば、その都度言ってくだされば、その都度対応を考えます。
菜食については、興味のある分野でしたので、拝見させていただきました。
私も、結構こだわってやっています。
私は、因果律の意味を考えるとあまり食べたくないというところから、だんだん肉>魚>魚介類>卵>乳製品を止めるところまで来ましたが、人口光合成できたら、、、いいな〜とかも思います。なんかできる可能性があると感じます。
後、アクアリウムに藻類とバクテリア類が加わり、生活廃水の浄化などの調査などとリンクすれば、なかなか興味があります。
これから、水の浄化の仕組みを考えてゆこうと思っています。
まあ、技術的には、すでにあるんですが、、、、。
それを個人で実現したいと思っているわけです。
薬用樹やハーブや果樹などの森のような庭があると素敵ですね。
実は、密かに前から実現したいと思って、今もまだチャンスがあると見ています。
そう遠くない未来に、どこかに場所をゲットする予定です。
これは メッセージ 1397 (tyamagata2005 さん)への返信です.
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