だんだんおかしくなってきましたね
投稿者: gachorin_j 投稿日時: 2008/06/25 20:10 投稿番号: [963 / 1971]
ご自分の思い付きが通らないようになっても、子供のように癇癪を起こしたところで、通るようにはなりません。
>>路面電車の方が「価値が高い」んじゃないかという話をしたのですが、それに対する反論は、・ ・ ・
>>路面電車ができても、電柱があったのでは悲惨な風景になる => 「価値」の意味を理解せず、風景に関する主観的な印象が全てに優先されると考えてしまっている
>雑然とした環境を好む人物とは価値観が根本的に違うんですから反論しても無駄ですね。
電柱の存在は確かに「雑然」としたものになりますが、それを撤去しても街灯用の鉄柱という雑然としたものが残ります。
あとは、それを実現するのに路面電車の軌道敷を敷設するだけのお金をかける価値があるかということを論じています。
お金さえあれば、あるいは維持費や改変にかかる資金も潤沢に準備できるのであれば、確かに電柱も電線も、それこそ醜女やfcddh598さんなんかも、ともかく目障りなものはなんでも地下に埋めてしまった方が、心地良い景観が出来上がるのかもしれません。
>>DNA云々の話が「苦し紛れの思いつき」でしかなかったことに関してはなんの説明もなく ・ ・ ・ ・
>「苦し紛れの思い付き」は、あなたの苦肉の「苦し紛れの思い付き」言葉の選択ですよ。
どういう経緯だったかもう一度おさらいしてみたいところですが、どのみち恥ずかしげもなく誤魔化しにかかるはずですから、別の説明を試みます。
あなたが思い描いている、電柱のない景観の話を伺うと、電柱の存在がそれほど目立つわけですから、街路樹のない通りを思い描いていると思われますが、街路樹の有無は、自動車から眺めている人と歩道を歩いている人とでは印象が異なるはずです。
一般に、自動車の運転手はふんぞり返った姿勢で運転をしているので、走るときは前方に注意しながらも、信号で止められると視線は自然に上へ向かい、その視線で「街並み」なんかを眺めると、街路樹も電線もない開けた空間を好む傾向が考えられますが、それならば市街地内である必要はなく、高速道路で存分に楽しむことが可能です。
これに対して、歩行者にとっての視線は目の高さから下が中心で、トランスも地面に生えているよりは上空の街路樹の葉陰にひっそりといてくれたほうが邪魔になりません。
もちろん、車を運転する人はエアコンで涼しいところにいるので、街路樹の必要性に関しては無頓着になってもおかしくありませんが、町を歩くおねえさんたちにとっては、街路樹がないと熱くて汗をかくだけでなく、肌へのダメージも深刻なわけですから、結果的に、そういう通りは買い物をする人が敬遠するようになって商業も衰退し、おっさんが車で通り抜けるだけの道路になってしまうのがオチです。
ですから、そういう事情なんかも考えた上で、あなたの持つ生まれながらのオッサンのDNAが思い描いている景観が、おねえさんたちを幸せにできるものなのか、幸せにできないことに気づいたからと言ってくれぐれも刻んで流したりはしないで欲しいのですが、ご自身がダサいオッサンであるということをもう少し自覚して、真面目におねえさんたちが好みそうな景観を考えると、別のものになるんじゃないかと思われます。
その上で、電柱とか電線とかがどの程度重要なのか、比較しやすいように言うとあなたが思い描く電柱の話と路面電車でどっちが目の前のおねえちゃんの気持ちを掴むことができるのかを、あなたなりに真剣に考えることが必要だと思います。
では、百歩譲って、DNAが全ての美醜の観念を決定するというあなたの思い付きが正しいとして、あなたの頭の中には完全な美のモデルがあるとしましょう。
それは、幼稚園の保護者の投票で満票を集めるような自他共に認めるような美人ママのような存在だとしましょう。
そういう完璧なイメージを、他者が追体験できるように示してくれれば、それなりの説得力を持つのですが、残念ながらあなたの解説では、あなたの表現力は幼稚園児が描いた化け物みたい絵でしかなく、その絵を根拠として「ウチのママはこんなに美人なんだ」ということを理解しろと言ってもやはり無理があります。
これからもこの路線で進む気があるのならば、幼稚園児のような絵ではない、説得力のあるイメージを伝えられるように是非とも努力してみてください。
>>路面電車の方が「価値が高い」んじゃないかという話をしたのですが、それに対する反論は、・ ・ ・
>>路面電車ができても、電柱があったのでは悲惨な風景になる => 「価値」の意味を理解せず、風景に関する主観的な印象が全てに優先されると考えてしまっている
>雑然とした環境を好む人物とは価値観が根本的に違うんですから反論しても無駄ですね。
電柱の存在は確かに「雑然」としたものになりますが、それを撤去しても街灯用の鉄柱という雑然としたものが残ります。
あとは、それを実現するのに路面電車の軌道敷を敷設するだけのお金をかける価値があるかということを論じています。
お金さえあれば、あるいは維持費や改変にかかる資金も潤沢に準備できるのであれば、確かに電柱も電線も、それこそ醜女やfcddh598さんなんかも、ともかく目障りなものはなんでも地下に埋めてしまった方が、心地良い景観が出来上がるのかもしれません。
>>DNA云々の話が「苦し紛れの思いつき」でしかなかったことに関してはなんの説明もなく ・ ・ ・ ・
>「苦し紛れの思い付き」は、あなたの苦肉の「苦し紛れの思い付き」言葉の選択ですよ。
どういう経緯だったかもう一度おさらいしてみたいところですが、どのみち恥ずかしげもなく誤魔化しにかかるはずですから、別の説明を試みます。
あなたが思い描いている、電柱のない景観の話を伺うと、電柱の存在がそれほど目立つわけですから、街路樹のない通りを思い描いていると思われますが、街路樹の有無は、自動車から眺めている人と歩道を歩いている人とでは印象が異なるはずです。
一般に、自動車の運転手はふんぞり返った姿勢で運転をしているので、走るときは前方に注意しながらも、信号で止められると視線は自然に上へ向かい、その視線で「街並み」なんかを眺めると、街路樹も電線もない開けた空間を好む傾向が考えられますが、それならば市街地内である必要はなく、高速道路で存分に楽しむことが可能です。
これに対して、歩行者にとっての視線は目の高さから下が中心で、トランスも地面に生えているよりは上空の街路樹の葉陰にひっそりといてくれたほうが邪魔になりません。
もちろん、車を運転する人はエアコンで涼しいところにいるので、街路樹の必要性に関しては無頓着になってもおかしくありませんが、町を歩くおねえさんたちにとっては、街路樹がないと熱くて汗をかくだけでなく、肌へのダメージも深刻なわけですから、結果的に、そういう通りは買い物をする人が敬遠するようになって商業も衰退し、おっさんが車で通り抜けるだけの道路になってしまうのがオチです。
ですから、そういう事情なんかも考えた上で、あなたの持つ生まれながらのオッサンのDNAが思い描いている景観が、おねえさんたちを幸せにできるものなのか、幸せにできないことに気づいたからと言ってくれぐれも刻んで流したりはしないで欲しいのですが、ご自身がダサいオッサンであるということをもう少し自覚して、真面目におねえさんたちが好みそうな景観を考えると、別のものになるんじゃないかと思われます。
その上で、電柱とか電線とかがどの程度重要なのか、比較しやすいように言うとあなたが思い描く電柱の話と路面電車でどっちが目の前のおねえちゃんの気持ちを掴むことができるのかを、あなたなりに真剣に考えることが必要だと思います。
では、百歩譲って、DNAが全ての美醜の観念を決定するというあなたの思い付きが正しいとして、あなたの頭の中には完全な美のモデルがあるとしましょう。
それは、幼稚園の保護者の投票で満票を集めるような自他共に認めるような美人ママのような存在だとしましょう。
そういう完璧なイメージを、他者が追体験できるように示してくれれば、それなりの説得力を持つのですが、残念ながらあなたの解説では、あなたの表現力は幼稚園児が描いた化け物みたい絵でしかなく、その絵を根拠として「ウチのママはこんなに美人なんだ」ということを理解しろと言ってもやはり無理があります。
これからもこの路線で進む気があるのならば、幼稚園児のような絵ではない、説得力のあるイメージを伝えられるように是非とも努力してみてください。
これは メッセージ 961 (fcddh598 さん)への返信です.