電信柱も電話加入権も似非文化国家の象徴
投稿者: komoyo_mikomochi 投稿日時: 2007/07/17 16:55 投稿番号: [661 / 1971]
昔(約50年前)凧を揚げると必ず電信柱に引っかかった。
私は親に「なんでこんな無駄なもんがあるんや!」と聞くと、
親は「電力会社や電電公社さんが家に電気や電話を引くために必要な事」と嗜められたことを覚えている。
昔は道路はほとんどが地道、そこに電線や電話線など埋没させるなど技術的に不可能であったのだろう。
ところが現在でも電信柱は存在する。電話加入権は世界一高い(ざっと他国の20倍近い値段だ)
これは明らかに電力会社と電話会社の怠慢だ。
過去に電気やガスや水道など光熱費を高くして節約する気風を作るべきだと言う有識者の意見もあったが、こんな意見は今では全く通用しない。
電気やガスや水道は営業努力により使用料を安くするべきだし、同じ理由で設備も改良するべきなのである。
経営者には美的感覚を持ってもらいたい。町の景観はどうあるべきなのかと。
町の景観はどうでも良い、自分の給料が高ければ、と考えているようでは先進国の仲間入りはできない。
どうも日本人という民族は城下町志向が強いようである。
城内が整備されていれば下町などどうでも良い。
自分の家の前のごみを他人の家の前に追いやってそれで善しとするところがある。
だから、天下り上等、職場での威張りちらし上等、終身雇用者のリストラ上等、タバコのポイ捨て上等、となる。
自分以外の他人の意心地を良くする事に配慮できない様では先進国の末席にも座れないのだ。
政府の要人や企業のリーダー達は欧州のどこでも良い、一度一ヶ月くらい生活してみたらよい。
町の景観もさることながら、自然環境や、物価など住みやすさも感じる事であろう。
ところがこのような事は彼等は何度も経験しているはずなのである。
判っているのになぜ日本国内で活用しない?
多分彼等は欧米の生活環境は日本では一部のセレブだけが甘受するべきもので一般民衆はウサギ小屋、豚小屋で十分、と思っているらしいのである。
ついでに言おう。我が社の経営陣も同様に思っているらしいのである。
リーダー達が自分さえ良ければいい(確かにセレブの自宅周辺には電信柱は不思議なことに存在しない)と思っている限りは電信柱や不当に高い電話加入権など永遠になくなりはしないのである。
企業の社会的責任、コンプライアンスという言葉が生まれて久しいが、
未だ改善の兆しも見えていない。
たぶん担当者はお上のお達しに基づいてやっているので、いやいややっているのであろう。
社員を戒める事はしても、給料を値切る事はしても、リストラはしても、意心地を良くしようなどおくびにも思っていないのである。
住民の義務はストレートに追求しても、権利や、恩恵や、住みやすい環境はその申請方法を煩雑にして膨大な書面を用意しなければ甘受することが出来ないようにしているのである。
元社保庁に勤めていた方が言っていた。「申請者から申し出の無い限り、あえて申請者に有利な情報は教える必要はないと上司に言われた」
こんな国である限り、電信柱は絶対になくならない。
町の景観も良くなる事はない。
自分さえ良ければ、他人なんてどうでも良い、と思っている限りは絶対に近代都市は構築されないのである。
日本の現状は確かに物質的にはよくなったと思う。
しかし、日本人の根性は昔ながらの村八分が蔓延る村社会の弊害から一歩も逃れていないのである。
このことが欧米人に蔑視される唯一無二の理由なのである。
私は親に「なんでこんな無駄なもんがあるんや!」と聞くと、
親は「電力会社や電電公社さんが家に電気や電話を引くために必要な事」と嗜められたことを覚えている。
昔は道路はほとんどが地道、そこに電線や電話線など埋没させるなど技術的に不可能であったのだろう。
ところが現在でも電信柱は存在する。電話加入権は世界一高い(ざっと他国の20倍近い値段だ)
これは明らかに電力会社と電話会社の怠慢だ。
過去に電気やガスや水道など光熱費を高くして節約する気風を作るべきだと言う有識者の意見もあったが、こんな意見は今では全く通用しない。
電気やガスや水道は営業努力により使用料を安くするべきだし、同じ理由で設備も改良するべきなのである。
経営者には美的感覚を持ってもらいたい。町の景観はどうあるべきなのかと。
町の景観はどうでも良い、自分の給料が高ければ、と考えているようでは先進国の仲間入りはできない。
どうも日本人という民族は城下町志向が強いようである。
城内が整備されていれば下町などどうでも良い。
自分の家の前のごみを他人の家の前に追いやってそれで善しとするところがある。
だから、天下り上等、職場での威張りちらし上等、終身雇用者のリストラ上等、タバコのポイ捨て上等、となる。
自分以外の他人の意心地を良くする事に配慮できない様では先進国の末席にも座れないのだ。
政府の要人や企業のリーダー達は欧州のどこでも良い、一度一ヶ月くらい生活してみたらよい。
町の景観もさることながら、自然環境や、物価など住みやすさも感じる事であろう。
ところがこのような事は彼等は何度も経験しているはずなのである。
判っているのになぜ日本国内で活用しない?
多分彼等は欧米の生活環境は日本では一部のセレブだけが甘受するべきもので一般民衆はウサギ小屋、豚小屋で十分、と思っているらしいのである。
ついでに言おう。我が社の経営陣も同様に思っているらしいのである。
リーダー達が自分さえ良ければいい(確かにセレブの自宅周辺には電信柱は不思議なことに存在しない)と思っている限りは電信柱や不当に高い電話加入権など永遠になくなりはしないのである。
企業の社会的責任、コンプライアンスという言葉が生まれて久しいが、
未だ改善の兆しも見えていない。
たぶん担当者はお上のお達しに基づいてやっているので、いやいややっているのであろう。
社員を戒める事はしても、給料を値切る事はしても、リストラはしても、意心地を良くしようなどおくびにも思っていないのである。
住民の義務はストレートに追求しても、権利や、恩恵や、住みやすい環境はその申請方法を煩雑にして膨大な書面を用意しなければ甘受することが出来ないようにしているのである。
元社保庁に勤めていた方が言っていた。「申請者から申し出の無い限り、あえて申請者に有利な情報は教える必要はないと上司に言われた」
こんな国である限り、電信柱は絶対になくならない。
町の景観も良くなる事はない。
自分さえ良ければ、他人なんてどうでも良い、と思っている限りは絶対に近代都市は構築されないのである。
日本の現状は確かに物質的にはよくなったと思う。
しかし、日本人の根性は昔ながらの村八分が蔓延る村社会の弊害から一歩も逃れていないのである。
このことが欧米人に蔑視される唯一無二の理由なのである。
これは メッセージ 1 (fcddh598 さん)への返信です.