Re: 安全感謝!祈☆
投稿者: skyrinnka 投稿日時: 2007/07/18 18:14 投稿番号: [902 / 973]
ゆらさんこんにちわ
ゆらさんの書き込みを見て
わたしは自分の過去を振り返っています
22年前わたしは電力会社の原発への地域住民の意識緩和のための
仕事を受けていました
それは、大人ではなく子ども達に
原子力の力とその安全性を啓蒙するような仕事でした。
それから年月は流れ
その安全神話は神話と化し風化をとげようとしているのですね
ふた昔に作られたものは
たとえ強固ナコンクリートであっても
やはり劣化は作られたときから音も立てずに始まっているのだと思います
原子力問題を考える時
もうひとつの視点として
人間の傲慢さを考えなくてはなりません
人が人である以上
完全はありえないのです
そしてまた完全でないがゆえに
謙虚にその問題から目をそむけてはならないのだと思います
人類にとって原子力の力は本当に必要だったのか・・・・
人が手にしてはならないものを
もしかすると使いこなそうとしてはいまいか・・・・・
昔そのことにたずさわったものとして・・
そのときの傲慢さを思い出さずにはいられませんでした・・・
中国は燃料と引き換えに核施設を停止させました。
人類が安全に生きるためには
やはり自分の分というものがあるのかもしれません
ひよっとするとわたしは
各施設の安全性より
危険性の可能性から停止を望んでいるのだと思いました。
チエルノブイリの悲劇が起きぬよう
臨海事故の教訓はどこに・・
原発に神様の名前をつけようと
もう、暴走を始めたら手を付けることはできないでしょう・・・
原発に頼らない道を考える時期にきているのかもしれません
原発の停止
そこに向うには
それを止めるだけの大きな力が必要です。
人間が神の炎を手にするのなら
それなりの知恵と謙虚さが重要です
すぐに配備できない消防状況である以上
やはり傲慢さはなくならないのでしょう・・・
ですから直、停止を望んでいます。
これは メッセージ 901 (yuhrah_sound さん)への返信です.
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