コントロールに嵌る?!
投稿者: mizno_kirara 投稿日時: 2007/04/07 09:20 投稿番号: [831 / 973]
スピリチュアルな学びでは良く批判は、良くないと言われています。
私的にも、批判は大抵問題を悪化させる要因になりますし、気の立場から言ってもマイナスのエネルギーを一生懸命相手に贈っていることですから好ましくないでしょう。
本当に素晴らしい人は例え批判するにしても人格を大切にしますし、後でエネルギー的にもしっかりフォローするようです。
では、批判が自分の中に起こって来たらどうするかですが、無理に押さえ込むことも良くないでしょう。
人間の精神活動が96%エゴである限り、どうしても自分かわいさ、人の憎さがどうしても出てしまうのが性のようです。
「相手の為に批判してるんだ」という主張をされる方程、その自分のエゴにまったく気付かないということはよくある傾向です。
批判とは、エゴが自分の過ちから目を逸らし他に外の世界に責任転嫁する行為です。これは本当に自覚が難しいのですが、浄化行で毎日苦しんでいる私にはリアルな感覚として感じています。
そして驚くべきことに、批判者の批判する内容とは実はその人自身に最も当てはまることが多いのです。
これを自己投影と専門語では言います。
「人は自分が自分の弱点、または欠点として持っている点について、無意識または意識的にそれがあたかも外部の欠点または弱点であるかのように錯覚しやすい。」
これは自己欺瞞ということの一種です。
さて、批判を止めマショウ!というだけなら従来のスピリチュアルな学びの従来路線なのでちっとも面白くありません!
それですので、ここは一歩進み批判が自分の中に起こって来るならばむしろそれを歓迎し、エゴが主張する他人の欠点や悪い点こそ自分の中にある課題と認識します。
「私は何故この人が嫌いか。愛せないか。」
「それは相手の中にある○○が本当の問題だろうか。」
「その問題とはむしろこちらにある問題のすり替えではないだろうか。」
この時、エゴの責任転嫁はむしろ自己認識にとって好都合なのです。
ですからネガティブな「批判」が自分の中に起これば、これは最大のチャンス!
否定的な感情こそ「ありがとう!」を言う対象なのです!
----
またこのことは、逆にじぶんが批判を受ける時も役立ちます。
相手のエゴが何から逃げたがっているか・・・それによって相手のことが理解できます。
建設的かつ客観的な批判は稀で、大抵は思い込みや相手を威圧したりコントロールしたいエゴが隠れているものなのですが、それをありのままに観察することも気を学ぶ基本です。
相手からどんな気を送られてこようとも、こころが「妙観察」であり、「無執着」であるならば自分の中に問題を生じることが少ないものです。
このようにして気について学び、私たちが批判を通じて見えていない本当の自分に目を向ける時、大きな飛躍のチャンスがそこにあります。
「だから否定的な想いに対してもありがとうですね!」
私的にも、批判は大抵問題を悪化させる要因になりますし、気の立場から言ってもマイナスのエネルギーを一生懸命相手に贈っていることですから好ましくないでしょう。
本当に素晴らしい人は例え批判するにしても人格を大切にしますし、後でエネルギー的にもしっかりフォローするようです。
では、批判が自分の中に起こって来たらどうするかですが、無理に押さえ込むことも良くないでしょう。
人間の精神活動が96%エゴである限り、どうしても自分かわいさ、人の憎さがどうしても出てしまうのが性のようです。
「相手の為に批判してるんだ」という主張をされる方程、その自分のエゴにまったく気付かないということはよくある傾向です。
批判とは、エゴが自分の過ちから目を逸らし他に外の世界に責任転嫁する行為です。これは本当に自覚が難しいのですが、浄化行で毎日苦しんでいる私にはリアルな感覚として感じています。
そして驚くべきことに、批判者の批判する内容とは実はその人自身に最も当てはまることが多いのです。
これを自己投影と専門語では言います。
「人は自分が自分の弱点、または欠点として持っている点について、無意識または意識的にそれがあたかも外部の欠点または弱点であるかのように錯覚しやすい。」
これは自己欺瞞ということの一種です。
さて、批判を止めマショウ!というだけなら従来のスピリチュアルな学びの従来路線なのでちっとも面白くありません!
それですので、ここは一歩進み批判が自分の中に起こって来るならばむしろそれを歓迎し、エゴが主張する他人の欠点や悪い点こそ自分の中にある課題と認識します。
「私は何故この人が嫌いか。愛せないか。」
「それは相手の中にある○○が本当の問題だろうか。」
「その問題とはむしろこちらにある問題のすり替えではないだろうか。」
この時、エゴの責任転嫁はむしろ自己認識にとって好都合なのです。
ですからネガティブな「批判」が自分の中に起これば、これは最大のチャンス!
否定的な感情こそ「ありがとう!」を言う対象なのです!
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またこのことは、逆にじぶんが批判を受ける時も役立ちます。
相手のエゴが何から逃げたがっているか・・・それによって相手のことが理解できます。
建設的かつ客観的な批判は稀で、大抵は思い込みや相手を威圧したりコントロールしたいエゴが隠れているものなのですが、それをありのままに観察することも気を学ぶ基本です。
相手からどんな気を送られてこようとも、こころが「妙観察」であり、「無執着」であるならば自分の中に問題を生じることが少ないものです。
このようにして気について学び、私たちが批判を通じて見えていない本当の自分に目を向ける時、大きな飛躍のチャンスがそこにあります。
「だから否定的な想いに対してもありがとうですね!」
これは メッセージ 829 (mizno_kirara さん)への返信です.
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