春は弥生
投稿者: iuenov 投稿日時: 2012/03/22 22:04 投稿番号: [828 / 939]
桜か梅かもう半分ほど咲いている、姉の唇もほぼ治ってきた
よかった!!。
花の種、カモミールやオジギソウ、百日何とか言う花の種
面倒なので露地撒きしました、春風吹き洗濯物はよく乾きます。
免許の更新手続き期間なので、何時にしようか池田警察署は
上野公園にあって桜の綺麗な時期ですから。
スペインは南アメリカを殖民化した、スペインなど日が明るい広い山野の
国で、豊かですが。
海外へ船乗りとして進出したのはおもにイギリスと思います。
海洋冒険小説はロビンソンクルーソーなど、帆船に乗って。
絶海の孤島から実に54歳の老人になり、助けたイギリス帆船に乗って
故郷のイギリスに帰れるわけですが、ここら辺が感動的
われらが帆船は海の荒鷲のごとく波頭を裂き進みつつある、
ああ
30年見ざりし故郷の山川よ草木よ指折り数えれば
私ももう54歳の老人である、父母が生きながらえていようとは
考えられない、このうえは父母の墓前に不幸の罪をわび弔う日が早かれと
祈るばかりである、しかし心ひそかにあの孤島へ戻り再び海外へ
雄飛を考えているのであった。など
おとつい見た山田洋次選の「家族」は面白かった、1970年長崎から
北海道で酪農するため一家夫婦と幼児2人と爺さん、俳優も倍賞千恵子
、笠智衆、渥美清、他面白い俳優や一般人も出て、あわただしく
故郷長崎を出発し列車などに乗って、旅は大変。
あの時代大阪万博へ寄ってみたり、私も万博2日ほど行ったか
人人の行列疲れるだけ、派手さ世相の感じがよく出て懐かしい。
東京では1歳の子が医者に掛かり難い旅の途中で死なせたこと、
笠智衆の爺さんは目的の北海道の住まいに付いてから安心したように
死んだ。
私もこれ見て、あの頃は九州からよりよい生活を夢見て、長崎は
船乗り多かった、福岡は炭鉱から会社員に転向して大阪の会社の
社宅や、家を買うのも居た、また東京工場廃止となって東京から来た人も
優先的に社宅へ来た、今思うと世の動きがダイナミックでした。
これは メッセージ 827 (aoi*ne*oumi* さん)への返信です.
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