Re: 避難の話
投稿者: iuenov 投稿日時: 2011/04/09 13:33 投稿番号: [682 / 939]
この国には避難の話が尽きないですね
ぼくがまだ生まれてない時、父母は朝鮮で子を4人産んだが
終戦で引揚げ時1歳の赤子のため二男が死んだ。
なぜか横須賀で死んだらしい、里は徳島だがまっすぐ帰らず
下関や大阪で足止めていたとか。
結局・・・母方の里の家が広いし門に部屋があるのでそこ借りて住んでいた。都市、市街はみな焼け野原で失った人の避難先は田舎の親戚の家などへ
疎開とか避難民多かった思う。
岩手宮城の津波で避難所生活者も高齢化していて、以前の生活立て直すのはもう無理か知れない、借金大国の国でどうなるのか。
おとついですが、花見かねて高知城へ登りました、大手門から入ると
板垣退助像、ちゅうふくに山之内一豊の妻が太い馬と立っている銅像、
広場に桜の木多く咲いていた、敷物しいてあちこち数人連れが花見して、
日が暖かくまぶしい。ついでせっかく来たので天守閣へ登った
急な階段・・・昔の姫様など着物着て登ってたのでしょうかね〜?
さいわい4〜5度ほど急階段登れば天守へ着いた、見晴らしがいい!!。
トクゾウ
これは メッセージ 681 (aoiinenoumii さん)への返信です.
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