Re: 野生動物料理を頑張ると勲章がもらえる
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/05/20 08:45 投稿番号: [34836 / 62227]
>●はあ?どうしてそうやってずれてくの?
>「下品な科学」って言ってたのが、どうして【科学を口実に】にすり替わっているんだい?駄目だよ。
>そういうの見抜くの得意なんだから^^;
すり替えてるのはどっちかな?
私は No.34700 で、<<「何匹いれば何匹食えるのか」という水産庁、鯨研流の下品な
「科学主義」の土俵に乗ってしまうことになる>>というふうに言ってるんだよ。
まあ、水産庁、鯨研の下品さというのは「何匹いれば何匹食えるのか」科学主義だけ
ではないけれどね。
たとえば南極圏で「何匹いれば何匹食えるか」という調査は、もうそういう前提が
不可能なのに、そういうことが科学調査だと、それを口実にして実際に大量の捕鯨を
やっているというといううさん臭さは子供にもわかるでしょ?
南極圏は白神山地と同じで、南極海は全体が生態系保護区なのよ。これを認めて
ないのは日本だけ。
どこか中部、東北地方の曖昧な山地の曖昧な樹林にブナの樹が5000本生えていて、
スキー場開発だか道路開発だかで20本切っていいかという話になったら、
簡単な環境アセスメントでほとんど必ず切っても大丈夫ということになるんだよね。
ところが白神山地だと、5000本どころじゃない、もっとうじゃうじゃブナの期が
生えているんだけど、20本切ってよいということには絶対ならない。
切っていいほうの山というのは、おそらく日本の多くの山地がそうであるように、
植林された針葉樹が優勢で、その合間にわずかな広葉樹林が残されている、やや
寒冷な地方ではその中にまたいくらかの比率でブナの樹が生えているという具合だね。
たぶんミクロレベルで見ると、針葉樹林の中にわずかに散在しているブナのほうが、
白神山地のそこいらじゅうブナだらけ、というのよりもその周辺の生態系多様性に
貢献している度合いが大きいのだと思うけどね。
にもかかわらず曖昧な山林のブナの樹は4%切ってよくて、白神山地じゃあ
とんでもないということになってる。
これは科学自体の多面性のせいと、資源環境政策は自然科学だけじゃあ決まらない
という両方の側面があるんだけど、とりあえず科学自体の多面性を理解してない
「何匹いれば何匹食える」の4%科学が下品でアホだという問題を、私は指摘
したのだよ。
白神山地を生態系の総体として保護するという意味は、いろいろ説明できるの
だけれど、とりあえずわかりやすく言うと、ミクロレベルの生態系多様性じゃなく、
マクロレベルの生態系の復元力、反発力に特異な性格を発揮するかもしれないとか、
いろいろこれから気候変動とか出てくる場合に、他のごちゃごちゃ開発された
山地との反応の違いが自然科学理解の重要な鍵になるかもしれないとか、まあ
とりあえず功利的な「科学主義」でも、単純な4%ルールだけでは割り切れない
要素がいくらでもあるということだね。
まあそんな単純な4%ルールの話だけじゃあ、あんまり多くの人は説得できない
だろうという想いがあったから、更にかさねて、鯨はいっぱい魚を食べるから、
少し間引きしたほうがいいんだ、そのほうが漁業のためになるんだという理屈を
「下品な科学主義」の人たちは一生懸命開発してたんだけど、今回それが
ものの見事にズッコけたんだったね。非常にみっともないコケ方だった。
そういうどうしようもなさというのが、はっきりしてきちゃったから、逆に苛立って、
No.34787の石破農林水産大臣記者会見みたいに、内容空疎にやたらに「科学的知見に
基づいて」、「科学的知見に基づいて」という言葉が飛び交っちゃうんだな。
現代の科学というのは、「科学的な知見に基づいて議論すればこうなのでしょう」
なんてことがほとんど有り得ないところでやってるんだけどね。
単純決定論から確率論的科学、非線形科学へというのは、もうずいぶん前から
少し知能指数のある人なら直観的にでも理解してるんですよ。
>●「絶対に飼育できない鯨」って言うなら「イルカ」は文句がないわけだ。
>飼育可能だから。
シベリアトラは現在動物園に飼育されているのを、遺伝子多様性に配慮して
交配し、すでに部分個体群が絶滅した山地の環境を復元して、もう一度自然に
返すという試みが進行中だけれど、イルカ、シャチのほとんどの種じゃあ
そこまで制御はできないね。
>「下品な科学」って言ってたのが、どうして【科学を口実に】にすり替わっているんだい?駄目だよ。
>そういうの見抜くの得意なんだから^^;
すり替えてるのはどっちかな?
私は No.34700 で、<<「何匹いれば何匹食えるのか」という水産庁、鯨研流の下品な
「科学主義」の土俵に乗ってしまうことになる>>というふうに言ってるんだよ。
まあ、水産庁、鯨研の下品さというのは「何匹いれば何匹食えるのか」科学主義だけ
ではないけれどね。
たとえば南極圏で「何匹いれば何匹食えるか」という調査は、もうそういう前提が
不可能なのに、そういうことが科学調査だと、それを口実にして実際に大量の捕鯨を
やっているというといううさん臭さは子供にもわかるでしょ?
南極圏は白神山地と同じで、南極海は全体が生態系保護区なのよ。これを認めて
ないのは日本だけ。
どこか中部、東北地方の曖昧な山地の曖昧な樹林にブナの樹が5000本生えていて、
スキー場開発だか道路開発だかで20本切っていいかという話になったら、
簡単な環境アセスメントでほとんど必ず切っても大丈夫ということになるんだよね。
ところが白神山地だと、5000本どころじゃない、もっとうじゃうじゃブナの期が
生えているんだけど、20本切ってよいということには絶対ならない。
切っていいほうの山というのは、おそらく日本の多くの山地がそうであるように、
植林された針葉樹が優勢で、その合間にわずかな広葉樹林が残されている、やや
寒冷な地方ではその中にまたいくらかの比率でブナの樹が生えているという具合だね。
たぶんミクロレベルで見ると、針葉樹林の中にわずかに散在しているブナのほうが、
白神山地のそこいらじゅうブナだらけ、というのよりもその周辺の生態系多様性に
貢献している度合いが大きいのだと思うけどね。
にもかかわらず曖昧な山林のブナの樹は4%切ってよくて、白神山地じゃあ
とんでもないということになってる。
これは科学自体の多面性のせいと、資源環境政策は自然科学だけじゃあ決まらない
という両方の側面があるんだけど、とりあえず科学自体の多面性を理解してない
「何匹いれば何匹食える」の4%科学が下品でアホだという問題を、私は指摘
したのだよ。
白神山地を生態系の総体として保護するという意味は、いろいろ説明できるの
だけれど、とりあえずわかりやすく言うと、ミクロレベルの生態系多様性じゃなく、
マクロレベルの生態系の復元力、反発力に特異な性格を発揮するかもしれないとか、
いろいろこれから気候変動とか出てくる場合に、他のごちゃごちゃ開発された
山地との反応の違いが自然科学理解の重要な鍵になるかもしれないとか、まあ
とりあえず功利的な「科学主義」でも、単純な4%ルールだけでは割り切れない
要素がいくらでもあるということだね。
まあそんな単純な4%ルールの話だけじゃあ、あんまり多くの人は説得できない
だろうという想いがあったから、更にかさねて、鯨はいっぱい魚を食べるから、
少し間引きしたほうがいいんだ、そのほうが漁業のためになるんだという理屈を
「下品な科学主義」の人たちは一生懸命開発してたんだけど、今回それが
ものの見事にズッコけたんだったね。非常にみっともないコケ方だった。
そういうどうしようもなさというのが、はっきりしてきちゃったから、逆に苛立って、
No.34787の石破農林水産大臣記者会見みたいに、内容空疎にやたらに「科学的知見に
基づいて」、「科学的知見に基づいて」という言葉が飛び交っちゃうんだな。
現代の科学というのは、「科学的な知見に基づいて議論すればこうなのでしょう」
なんてことがほとんど有り得ないところでやってるんだけどね。
単純決定論から確率論的科学、非線形科学へというのは、もうずいぶん前から
少し知能指数のある人なら直観的にでも理解してるんですよ。
>●「絶対に飼育できない鯨」って言うなら「イルカ」は文句がないわけだ。
>飼育可能だから。
シベリアトラは現在動物園に飼育されているのを、遺伝子多様性に配慮して
交配し、すでに部分個体群が絶滅した山地の環境を復元して、もう一度自然に
返すという試みが進行中だけれど、イルカ、シャチのほとんどの種じゃあ
そこまで制御はできないね。
これは メッセージ 34764 (sanba_3_sanba さん)への返信です.
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