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Re: さて森下氏のプロパガンダを紐解き

投稿者: messengerofnonmalt_2002 投稿日時: 2009/03/05 05:22 投稿番号: [32488 / 62227]
>つまり(糞ハンターどもを除いて)普通の人は「陸上動物の狩猟だって残酷」と思っているよ、と。

ついでに言えば、家畜を食料にするために殺すのだって残酷。
いや、捕獲されなければ自由がある野生動物に比べ、
人間に食べられるためだけに生まれてきた家畜はある意味もっと残酷だと私は思う。
ならばベジタリアンならOKかと思うけど、それだって生命を奪う、残酷なものである事に変わりは無い。
人間が植物ならOK、と一方的に思うのは、植物には意識も神経も感情も、ない、従って痛みも苦痛も感じないと思いたいからだろう。
しかし、例えば樹齢千年の巨木が切られる時、それを残酷な行為と思う人は多いだろうし、
そう思わなくとも畏敬の念を持って接する人は多いだろう。
植物であっても物によっては感情移入の対象となるのだ。

そういえば植物にはフィトンチッドのような敵対関係にあるものを忌避する物質を出すものもある。
植物に意識はなくとも、それは人間が定義するところの意識がないだけであり、
我々とは全く違う感覚で何らかの知覚を得ていると言えるのではないだろうか。

だから私は植物を免罪符とするベジタリアンの思想も、命を奪う、という本質においてはやはり許されるものではないと思うし、
生き残りたい、と思う植物を殺す事もやはり残酷な行為から免れ得ないと思う。

そう考えた時、私は私が食べるものはこの世に存在しない事に気づいた。
私が食べる事によって命を奪われる生物を救うには、私がそれらを食べる事を止める、つまり死ぬしかない。
残酷な殺戮を止めることを可能とするには、これを行っている人間はこの世に存在してはいけないのだ。
そこまで辿り着いた時、では何故私はいるのか?、そして何故私はそれらを食べなくてはならないようになっているのか?

そういう疑問に辿り着いた。そしてその時、初めて残酷であっても
食べなくてはならない、殺さなくてはならない、これが生物としての業だという事に気づいた。

こういう事を掲示板で書いてはならないのだろうが、
私は最終的な結論に辿り着く前に、上記のような理由で、本当に自殺しようと思った事がある。
のうのうと生きている人間が、恥ずかしげもなく残酷を盾に批判している事が、私には不思議に思えてならない。
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