Re: つまりクジラを殺す必要はない
投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/02/06 17:08 投稿番号: [31774 / 62227]
時々考えるんだよね。
もし現実界で行き当たってしまった不幸に見舞われた時、本来の鯨類保護・愛護思想とは毛色の違う君らの様な、人間社会の正義や常識の拠り所とする法典が”全然違う御仁にはどう相対すべきか”ということを。(実際には”似たような御仁”なら現実界でもお会いしているが。)
別に、外国とか言う意味とも違う。
法治国家の場合、外国だって思想は同一で国際的慣習に則っているから、概ね矛盾はなく説明が付く。
だけれど、本気で”とある主義”を信奉し献身を捧げた人間の持つ法典は、説明が付かない。まさに現実界の対極を為す”闇の法典”と言ってよい。
鯨肉窃盗でも散々聞かされたけれど、その様な”闇の法典”には
「正義の意思の持ち主だと自己が信ずるなら、”何をやっても”許される。」
とか
「我らと対極にある組織・集団はすべからく悪。だから、奴らの行動・主張は無条件に悪である。」
とか書かれているのは間違いない様だね。
明らかに、大多数の所属する社会の”法典”には決して書かれ無い規範だ。
もちろん、受け入れたら法秩序に矛盾するからだが。
まあ、概ねそういう特殊な立場でモノ申される御仁は、ここのr君やa君と同じく、自分が所属する限定社会の法典に則した「正義の旗の下に」集う方々なんだろう。現実にも与論を勝ち得るどころか、具体的勢力でも無いから(苦笑)。
初めから、拠り所が違うんだから、r君たちの「正義」や「常識」が社会と一致しないから勢力を形成できないのは当たり前だろうが。
ただ、現実界でやり込めるのは危険すぎるのでしない事に決めていますよ。
つきつめれば、自己を絶対正義として捉える思想と言う事は、”良い殺人と悪い殺人”が彼等の思想にあってもおかしくは無くなるので・・・それが、現実に行き当たった時の”不安”の素。r君達に感じずには居れない、不気味さでもあるのだけれどね。
これは メッセージ 31758 (r13812 さん)への返信です.
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