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Re: 哺乳類の解体なんか見させないように

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/07/25 22:49 投稿番号: [26276 / 62227]
子供の頃、確か五年生になると、解剖の授業があると決まっていた。たしか、その頃になると、その学年の中にカエルを捕る役目の人がいて、近所の野山をカエルとりに躍起になっていた。私はそれをみながら、嫌なような楽しみなような気持ちで、彼等をみていた。
私が五年生を迎えたある日、ついにその日はやってきた。
ところが誰もカエルを捕ってくると申し出る者がおらず、結局私達の学級では、フナの解剖になってしまった。

今から15年程前の娘の時には、確か解剖は残虐性があるという圧力団体の所為で、全国的に徐々に行われなくなったのではなかろうか?
小学校で小ブタの頃から飼って、それを食べるかどうするか?というようなドキュメントがあって、その賛否が熱く語られたのもこの頃ではなかっただろうか?

こういう問題を、単純な浅薄な正義感から、即座に「残虐」だとする圧力団体というものは、いかにもあさはかに見えたものだが、この時代頃から「大人が責任をとらない」という社会的風潮が蔓延して、「後に起こるかも知れない事態に責任をとらなくても済む」ということが決定する時の大きな要因になってでもいたかのように、際どいことだけれども、しかし教育として極めて重要だと思われるようなことも、この方程式のもとに、次々と「無難」な「責任の所在が明らかにならない」ような方向ヘと決定されていったというような記憶がある。

このことと並列して、例えば大阪の圧力団体の主張におされる形で「チビクロサンボ」は廃刊になり、「ジャングル大帝」もアメリカのメディアによって劣悪図書(アニメは放送禁止)の汚名を着せられた。その頃以降、様々な圧力団体の指摘の結果、「放送禁止」や、「不適切な用語」に対する「自主規制」という一般化が始まり、私から見ればその多くの対象が無用に見えるにもかかわらず、次々の名作や放送が何の審査にかけられることなく、「自主的」に再放送の可能性さえ与えられずに私達の視野から消えてしまった。


私はすべての圧力団体が不用だと思っているわけでもないのだが、こういうことに関する圧力は、もう少し大人の判断とか、歴史的な寛容さの上での解釈とかを加味した上で、あまりヒステリックにならず、冷静な決断を日常的に下す習慣をつけてほしいと思っている。
これはまさにこの圧力団体の所為というよりも、その決定権を持っている側の責任であることも確かではあるのだが、しかしこの事なかれ主義を最高の決定要因に含まざるを得ないこの昨今の無責任社会に於いては、非常に有効な「脅し文句」が、この「責任の所在の決定」ということになっているのではないだろうか?・・・そして圧力団体自体が戦略として使う場合、そのことを熟知している。



「誰が責任をとるのか?」と迫る今回のr氏の発言は、この意味で、悪い圧力団体と同じ共通性を感じてしまう。というかおそらくは同じ種類の人間達のような気がする。もっといえば、今のモンペアといわれる人の多くも共通している気もする。



※ついでに書くが、この頃の無差別殺人事件に関して、「誰でも良かった」とはつまり、その犯罪者にとっては、「責任の所在が分からなくなってしまっている現代社会の構成要員のすべてに責任がある」という意味だと思う。できればその責任の所在は、一般市民の底辺層に向かうのではなくて、巧に責任逃れを続けて責任の所在を曖昧にするシステムをつくり出した、ピラミッドの頂点付近に向くのが正常ではなかろうか?と思う今日この頃。
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