イメ−ジの落差
投稿者: scheveningen 投稿日時: 2001/07/11 07:10 投稿番号: [136 / 4001]
「落差」と、言われてみれば確かに(?)な感がありますよね。
古くから「高級品」の地位を保っている物にはそれなりの良さがある訳ですが、それに
したって値段の差と同じ位の差があるものはないでしょう。そういった少しの差に価値を
見出して求める人はそうしたら良い、と思います。
ただ、価値も判らず(偽者を見分ける術と言うのじゃなく、仮に無銘であっても、良い仕事
がなされているのかどうかが判る)単にブランドだから、と言うのには疑問があります。
老舗の多くは、客の顔を識り、客の顔を思い浮かべながら、客の要望に沿う仕事をしていた
訳で、だからこそ値打ちがあったのだし、裕福でない客にも予算に合わせた素材等で
良い仕事を提供したのだ、と思います。
並ぶ、というのは何か(サービスなり施しなりを)を受ける・貰うことに繋がる行動です
から高級とかのイメージとちぐはぐな感じになるのじゃないでしょうか?
そしてそれは、「客の顔を識った」サービスや良い仕事などといった、店なり職人なりが本来
提供してきたものを忘れさせる事にしかならないのですけれどね、「私は、○百人の中の
どれかです」と同じ、自分で自分を打ち消してる。
僅かな違いを得るのに労を厭わないのなら、同様に僅かな違いを与える(自分に > 個性、
周囲に > 気遣い、など)のにも少しエネルギーを費やしてみたらどうかな?
…などと言うのは年のせいかなあ?
これは メッセージ 131 (kisaragisetu さん)への返信です.
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