美味しさに負けて……ですか
投稿者: maruitikyuunomaruiitiniti 投稿日時: 2009/10/12 06:19 投稿番号: [1963 / 2396]
おはようございます。
なんだか、YOSHさんのコメントを拝読していて切なくなってきました。
何故美味しさに『負け』なければ(あるいは『勝た』なければ)ならないんでしょう……
私は御飯の美味しさは犠牲になってくれた命の『手柄』だと思っています。
彼らは『食材』という姿になって遠路はるばる、此処に来てくれたんです。
(それがどんなに彼らにとって不本意な行程でも結果的に)
それに対して人間が抱く心は勝ち負けとかいうささくれ立った感情ではなく、ただ『美味しいよ、ありがとう』という感謝だけでいいと思うのです。
余計に食べてはいけない理由は人によってそれぞれですが、それはあくまで己の都合としての『自制』であって、『御飯を美味しい』『命に感謝』の心を、あの様な形で否定するのは奇妙な事と感じます。
『世界中の海にいる何千何億という魚の中から、他の誰でもないこの一匹の魚と
同じく世界中に何千何億といる人間の中から、他の誰でもないこのぼんやりとした子どもが何故か此処で出会ったのだ。
『なんだ、魚か』などと言ってはいけない。
(以下略)
言いたい事は魚の方にこそある。
それでも魚は黙っている。
その魚が『俺はこいつに食われて幸せだ』と思える様に食べる事。
それが正しい魚の食べ方である』
五味太郎さんの絵本『正しい暮らし方読本』の作中『正しい魚の食べ方』で
あった文章ですが、『食事』というものの真髄を言い表していると思います。
ヴァーチャルな世界への依存も無論ですが、不幸な(食材の豊かさとは関係のない)食生活を送っている人では、そしてお子さんに対してもそうなのではと、少し思いました。
ある意味、尤も『命』への感謝がない人とも言えますが……
これは メッセージ 1961 (yosh0316 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834578/7dfne0a4njdd8na4ka4da4a4a4f_1/1963.html