人口不均衡の主因はそれらのはず
投稿者: hellolovers 投稿日時: 2004/10/19 20:01 投稿番号: [698 / 1126]
問題発生時期から経過した年月の長い問題に対する責任追及への逃げとして、よく「当事者の現時点での年齢」が持ち出されます。
さて、残念ながら、日本の国土において、特に大都市圏から遠い山村などで極度の過疎化が見られているのは、それ以前でもそれ以降の人口移動でもなく、高度成長期初期・中期の人口移動、特に中卒・高卒者の集団就職のようです。
当時それらを機に郷里を離れた人に聞きたいです。
なぜ「集団就職」に応じたのですか?
都会でやりたいことが一通り実現できたり(できることが大都市とそれ以外で大きく違うのは若いうちのことが多い気もします)、小金が溜まった時点で、あるいは石油危機で高度成長が終わった時期になぜ帰郷しなかったのですか?
皆さんの中には、俸給生活者なら定年、自営業者でも2代目に継いでいる人も多いと思います。
仕事のために大都市にいる必然性は終わったはずです。郷里やその近くに移住しても悪くないと思うのですが。
>郷里に帰ったとしてどうして生活するんだ、?
そこまでの収入があるでしょう。
「老人」といってもそれほど高齢ではないはずです。
1960年頃に中学を卒業した人なら、今年か来年ようやく60歳になる年齢です。
自然の多く、年少のころの土地勘のある場所のほうがいい気がします。
それと送り出した側、受け入れ用とした側の責任も。
さすがに「死んだら、だました罪で閻魔大王に舌を抜かれるだろう」という先日の投稿の表現は酷でしたが、実際好条件(例えばこの仕事をすればパイロットになれる、職場は代表的な名所(例えば、銀座の繁華街・鎌倉の社寺など)の近くなど。後者は世が世なら好条件足りうるでしょうか?)を聞いて安易に応じた中卒者が多かったようです。
それに応じるほうもほうですが(大都市圏とそれ以外の格差が後の時代と違い、歴然とあったことを承知の上で)、集団就職の人を求人するほうも嘘の条件を言うことは虚偽です。
集団就職の人を求人した人のほうは、2004年の今となっては集団就職に応じた人より高齢なので、ますます責任を考えようとしないようです。
(というより高齢から来る健康障害故、当時の責任を追及することが気の毒な状態の人も多いようです)
また事情として「人手が足りない」という、後の時代とは大きく違う雇用情勢もあるでしょう。
しかしそれが国土の人口不均衡をもたらすという危険性を考えたことがあったでしょうか?あるいは住み慣れた土地から人を引き離すことの意味を考えたことがあったでしょうか?
あるいは、当時の流行歌には、山村から大都市(その具体例は常に東京で、関西などの大都市は出て来ないことも腹立たしい。実際には西日本を中心に関西に移住した人も多いが)に若者が移り住むことを推奨するものが多かったようです。
後の時代なら地方こそかっこいい、ような歌が地元関係者を中心に多いのですが。
その種の流行歌を自粛すれば人口不均衡を抑制できたかもしれません。(これは冗談ですが)
この種の問題提起、今となっては遅すぎるのではなく、当時流入した人が第一線を退いた今がチャンスなのかもしれません。
さて、残念ながら、日本の国土において、特に大都市圏から遠い山村などで極度の過疎化が見られているのは、それ以前でもそれ以降の人口移動でもなく、高度成長期初期・中期の人口移動、特に中卒・高卒者の集団就職のようです。
当時それらを機に郷里を離れた人に聞きたいです。
なぜ「集団就職」に応じたのですか?
都会でやりたいことが一通り実現できたり(できることが大都市とそれ以外で大きく違うのは若いうちのことが多い気もします)、小金が溜まった時点で、あるいは石油危機で高度成長が終わった時期になぜ帰郷しなかったのですか?
皆さんの中には、俸給生活者なら定年、自営業者でも2代目に継いでいる人も多いと思います。
仕事のために大都市にいる必然性は終わったはずです。郷里やその近くに移住しても悪くないと思うのですが。
>郷里に帰ったとしてどうして生活するんだ、?
そこまでの収入があるでしょう。
「老人」といってもそれほど高齢ではないはずです。
1960年頃に中学を卒業した人なら、今年か来年ようやく60歳になる年齢です。
自然の多く、年少のころの土地勘のある場所のほうがいい気がします。
それと送り出した側、受け入れ用とした側の責任も。
さすがに「死んだら、だました罪で閻魔大王に舌を抜かれるだろう」という先日の投稿の表現は酷でしたが、実際好条件(例えばこの仕事をすればパイロットになれる、職場は代表的な名所(例えば、銀座の繁華街・鎌倉の社寺など)の近くなど。後者は世が世なら好条件足りうるでしょうか?)を聞いて安易に応じた中卒者が多かったようです。
それに応じるほうもほうですが(大都市圏とそれ以外の格差が後の時代と違い、歴然とあったことを承知の上で)、集団就職の人を求人するほうも嘘の条件を言うことは虚偽です。
集団就職の人を求人した人のほうは、2004年の今となっては集団就職に応じた人より高齢なので、ますます責任を考えようとしないようです。
(というより高齢から来る健康障害故、当時の責任を追及することが気の毒な状態の人も多いようです)
また事情として「人手が足りない」という、後の時代とは大きく違う雇用情勢もあるでしょう。
しかしそれが国土の人口不均衡をもたらすという危険性を考えたことがあったでしょうか?あるいは住み慣れた土地から人を引き離すことの意味を考えたことがあったでしょうか?
あるいは、当時の流行歌には、山村から大都市(その具体例は常に東京で、関西などの大都市は出て来ないことも腹立たしい。実際には西日本を中心に関西に移住した人も多いが)に若者が移り住むことを推奨するものが多かったようです。
後の時代なら地方こそかっこいい、ような歌が地元関係者を中心に多いのですが。
その種の流行歌を自粛すれば人口不均衡を抑制できたかもしれません。(これは冗談ですが)
この種の問題提起、今となっては遅すぎるのではなく、当時流入した人が第一線を退いた今がチャンスなのかもしれません。
これは メッセージ 697 (hotaka077 さん)への返信です.