公園ではなく山だった。
投稿者: totokiki419 投稿日時: 2002/11/14 14:00 投稿番号: [73 / 4621]
ぼくちゃんとしての羽根木公園は、あくまでもねづ山であって、公園の認識はなかった。
公園らしいのは、ほんの一部ので、ブランコや滑り台、迷路、たわいのない小動物園などだけだった。あと、2面の野球場とテニス場。
遺跡が発掘された台地であって、台地の西側と南側には、北沢川が流れていた。ぼくちゃんらのときには、川というより水路というか、ドブ川のようなものだったが。
整備された以外の、南側の斜面には笹薮が広範囲にあった。ぼくちゃんらの背丈を隠し覆う絶好の秘密基地だった。
大人たちにもそうだったらしく、夜の痕跡が残っていたこともあった。
そんな、六郎次山(最近になってから知った)と根津山が合体して、羽根木公園となった。
私は、公園と呼ぶに相応しい公園だと思う。こんな形態で残っている公園としては、都内屈指のものだとも思っている。
でも、
>公園の主人公って
>腕白餓鬼大将達
ではなくなってしまったのが現状だ。
前にも書いたが、現在、公園に行って暗くなるまで、どろんこになって遊べる生活環境が消失してしまった。
プレーパークという範囲内で、その管理された範囲内で辛うじて残ってはいるが。
これは メッセージ 72 (papahemingu さん)への返信です.
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