生存捕鯨(アラスカバーロウ)の実態
投稿者: akkxgfm55f 投稿日時: 2009/12/14 11:19 投稿番号: [4370 / 15828]
日本は経済大国であり、食料があり余っているから、何も鯨肉まで「グルメ」のために食べなくても構わない、いや、むしろ食べてはならない、と考える人が世界にも日本にも多数いる。…。
北米大陸の北端にあるアラスカ州のバーロウの町を訪れることをお勧めしたい。 バーロウでは、世界でも最も枯渇の水準が心配されている鯨種である北極セミ鯨(英語で Bowheadと呼ぶ)を住民が捕獲することを IWCが許可しており、それは、これらの住民が豊かでないからではない。 いや、むしろ豊かであるからこそ、捕鯨が催事として許可されているのである。町の公共施設は完備し、住民の多くはセントラルヒーティングのある広い住宅に住む。町のスーパーマーケットには、牛肉から日本の白菜まで、あらゆる食品が揃っている。 ビデオショップには、最新のハリウッド映画のビデオが揃っており、明け方まで、暴走族めいたスノーモービルやバギーカーの騒音でゆっくりと眠る時間もない。 若者達は、私の訪問した9月の末の長い日照時間をフルにエンジョイしていた。
バーロウで捕鯨のキャプテンの地位を保持するのは、単に人望があるだけではなく、資産が必要であると私は何度も聞かされた。 なぜならば、ここの捕鯨は原住民/生存捕鯨としてIWCが認定しており、その為には、金銀による鯨肉の取り引きが出来ないからである。
捕鯨を続ける為には、近代化されたモーターボート(秋に氷が接岸していない時期に行う捕鯨には、非伝統的なモーターボートが必需品である)をはじめとし、ガソリン代、気象状況モニターの為に欠かす事の出来ないコンピュターや、高性能の無線機、モリ撃ちの銃、一隻に五人は要するクルーの日当、(時には、一ケ月もの日数がかかる)など莫大な経費が必要であるからである。 町は石油や天然ガスなどの資源開発に伴って、財政が豊かであり、財テクの専門家も郡役所に配置されている。 この豊かさをもって、住民は、米国本土から野性生物研究の科学者を雇用し、ワシントンには弁護士を置き、連邦政府の内務省に人権問題であると訴え、その結果枯渇した北極セミ鯨の捕獲をIWCに認めさせたのである。 IWCの科学小委員会は、今でも、この北極セミ鯨の系統群が十分な資源状態にあるという意見はもってはいない。 バーロウの町の統計には、鯨肉は住民の蛋白源のわずか8%程度であり、主食としての役割を果たしてはいないことが判る。
アラスカ原住民捕鯨の文化人類学的意義を研究してきた学者は世界に多数いるが、彼等の多くは日本の沿岸小型捕鯨には、アラスカと同様の文化的役割が存在していると、すでに、1988年以来30余りに上る研究論文をIWCに提出してきた。
バーロウの町の豊かさに比較すれば、日本の沿岸小型捕鯨の町、鮎川の住民の生活はモラトリアムによって、捕鯨が停止してから、決して楽なものではない。確かにバーロウよりは、暖かいかも知れないが、零下5度になる冬でも、バーロウの住宅にあるようなセントラルヒーティングのある家はないし、広大なスーパーはおろか、肉屋にもステーキなどは売っていない…若者や働き盛りの男たちは職を求めて他所の町へと出稼ぎに出てしまい、町には、老人と女、子供しか残っていない。だから、一年中夜は死んだような静寂が町を覆い、バーロウのように暴走族めいた騒ぎはない。
公共施設の面で、鮎川がバーロウと太刀打ち出来るのは、失礼かも知れないが、前近代的なトイレ施設だけであろう。どちらも、個別のタンクでお茶をにごしている。
… 豊かで、捕鯨に経済的な依存をしないですむバーロウの捕鯨者が、捕鯨を催事であるからと認められ、経済的に捕鯨に依存して暮らしてきた日本の沿岸小型捕鯨者は、ひたすら文化的理由のみの目的で捕鯨再開を望んでいる。
グリーンランドの原住民生存捕鯨では、ミンク鯨だけではなくて、ナガス鯨も捕獲をIWCは認めている。グリーンランドの原住民生存捕鯨では、小規模ながら鯨肉の売買も認められているのである。ロシアの場合は、毎年200頭近い大型のコク鯨を地方政府がチャーターした捕鯨船でプロの捕鯨者が捕鯨を行っているのである。 反捕鯨を看板にする国に限って、国内に他の環境問題が山積している。 これらから大衆の気をそらせるには、自国が何も失うもののない捕鯨問題は格好の目隠しなのである。
以上ゲームの名は捕鯨問題 より
北米大陸の北端にあるアラスカ州のバーロウの町を訪れることをお勧めしたい。 バーロウでは、世界でも最も枯渇の水準が心配されている鯨種である北極セミ鯨(英語で Bowheadと呼ぶ)を住民が捕獲することを IWCが許可しており、それは、これらの住民が豊かでないからではない。 いや、むしろ豊かであるからこそ、捕鯨が催事として許可されているのである。町の公共施設は完備し、住民の多くはセントラルヒーティングのある広い住宅に住む。町のスーパーマーケットには、牛肉から日本の白菜まで、あらゆる食品が揃っている。 ビデオショップには、最新のハリウッド映画のビデオが揃っており、明け方まで、暴走族めいたスノーモービルやバギーカーの騒音でゆっくりと眠る時間もない。 若者達は、私の訪問した9月の末の長い日照時間をフルにエンジョイしていた。
バーロウで捕鯨のキャプテンの地位を保持するのは、単に人望があるだけではなく、資産が必要であると私は何度も聞かされた。 なぜならば、ここの捕鯨は原住民/生存捕鯨としてIWCが認定しており、その為には、金銀による鯨肉の取り引きが出来ないからである。
捕鯨を続ける為には、近代化されたモーターボート(秋に氷が接岸していない時期に行う捕鯨には、非伝統的なモーターボートが必需品である)をはじめとし、ガソリン代、気象状況モニターの為に欠かす事の出来ないコンピュターや、高性能の無線機、モリ撃ちの銃、一隻に五人は要するクルーの日当、(時には、一ケ月もの日数がかかる)など莫大な経費が必要であるからである。 町は石油や天然ガスなどの資源開発に伴って、財政が豊かであり、財テクの専門家も郡役所に配置されている。 この豊かさをもって、住民は、米国本土から野性生物研究の科学者を雇用し、ワシントンには弁護士を置き、連邦政府の内務省に人権問題であると訴え、その結果枯渇した北極セミ鯨の捕獲をIWCに認めさせたのである。 IWCの科学小委員会は、今でも、この北極セミ鯨の系統群が十分な資源状態にあるという意見はもってはいない。 バーロウの町の統計には、鯨肉は住民の蛋白源のわずか8%程度であり、主食としての役割を果たしてはいないことが判る。
アラスカ原住民捕鯨の文化人類学的意義を研究してきた学者は世界に多数いるが、彼等の多くは日本の沿岸小型捕鯨には、アラスカと同様の文化的役割が存在していると、すでに、1988年以来30余りに上る研究論文をIWCに提出してきた。
バーロウの町の豊かさに比較すれば、日本の沿岸小型捕鯨の町、鮎川の住民の生活はモラトリアムによって、捕鯨が停止してから、決して楽なものではない。確かにバーロウよりは、暖かいかも知れないが、零下5度になる冬でも、バーロウの住宅にあるようなセントラルヒーティングのある家はないし、広大なスーパーはおろか、肉屋にもステーキなどは売っていない…若者や働き盛りの男たちは職を求めて他所の町へと出稼ぎに出てしまい、町には、老人と女、子供しか残っていない。だから、一年中夜は死んだような静寂が町を覆い、バーロウのように暴走族めいた騒ぎはない。
公共施設の面で、鮎川がバーロウと太刀打ち出来るのは、失礼かも知れないが、前近代的なトイレ施設だけであろう。どちらも、個別のタンクでお茶をにごしている。
… 豊かで、捕鯨に経済的な依存をしないですむバーロウの捕鯨者が、捕鯨を催事であるからと認められ、経済的に捕鯨に依存して暮らしてきた日本の沿岸小型捕鯨者は、ひたすら文化的理由のみの目的で捕鯨再開を望んでいる。
グリーンランドの原住民生存捕鯨では、ミンク鯨だけではなくて、ナガス鯨も捕獲をIWCは認めている。グリーンランドの原住民生存捕鯨では、小規模ながら鯨肉の売買も認められているのである。ロシアの場合は、毎年200頭近い大型のコク鯨を地方政府がチャーターした捕鯨船でプロの捕鯨者が捕鯨を行っているのである。 反捕鯨を看板にする国に限って、国内に他の環境問題が山積している。 これらから大衆の気をそらせるには、自国が何も失うもののない捕鯨問題は格好の目隠しなのである。
以上ゲームの名は捕鯨問題 より
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