>>kurakuraさん > 別に
投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2004/01/07 21:27 投稿番号: [99060 / 232612]
kurakuraさんの発言には、多々、同意できるところがあります。
ただ、昭和天皇に関する発言・見解だけは、私と相当な距離を感じていましたので、
ちょっと発言した次第です。
ただ、色々なあなたの発言から、どうも、その根底にあるのは当時の昭和天皇の実態的な
権力について、あなたの場合は相当過大に評価しているようだということ。これが、その評価に
関して相当、または決定的に影響しているらしいと私なりに判断しました。
これについて、一方的ですが、2,3の感想を付け加えておきます。
多分、昭和天皇の権力(または、天皇に対する軍人の忠誠)についての認識は、乃木大将の
殉死とか、前線の兵士が天皇陛下万歳と叫んで散っていったとか、そういうものから、無意識
の内に形成されているのかもしれません。(一般的に)
確かに、一般庶民とか、前線の兵士はそうだったでしょう。
しかし、軍の中枢となると別です。中枢というのは、陸軍であれば、陸軍省と参謀本部を
さしますが。
このあたりになると、色々です。
東条英機は、天皇に忠の部類の人でしょう。思いつくところでは、そのちょっと前の
田中義一首相(大将)もそうでしょう。そういう軍幹部も確かにいました。
田中義一首相の場合で言えば、張作霖爆破事件で、日本軍の仕業と把握し、天皇に
関係者を厳正に処罰すると上奏しながら、その後、軍部の組織防衛?の圧力に押され、
処罰せず、軽い処分ですましますと再度、天皇に上奏、天皇から「前回言ったことはどうし
たのか?」と叱責され、田中首相は天皇の信を失ったことに落胆し、総辞職しますが、
その後2,3ヶ月で他界してしまいます。心臓発作とされていますが、自殺の説もあるよう
です。
これは、何を意味するかということですが、田中首相にしろ(東条も同じですが)、天皇に
忠ですが、軍の独立した力はどうにもならない存在に既になっていたのです。
一方、軍中枢の青年将校と言われる連中、開戦時から終戦にかけて、年齢にして、30台
前半、位にして、少佐、中佐クラス、これらは過激で、全く次元が違う。自分の信念が全て
と言っても良いかも。 しかも彼らが、中枢でハバを利かしていたのです。
No.98848で述べた、近衛師団長殺害等の事件も、彼らの構想は、阿南陸相を押し立てて
クーデターを画策し、(力ずくでの)「聖断」の撤回を策動したものですが、阿南陸相がこれを受け入れ
なかったためと、東部軍(東京管轄軍か?)が全く動じなかったため、挫折したものです
が、 彼らは「聖断」だからと言って、それに服する気は毛頭なかったのです。
また、別の皇太子奪取構想も同じようなものです。まだ、10台の皇太子を形式的に押したて
国政の実権は、自分たちで思うように行うという、クーデター構想です。
ま、そんなこんなで、軍首脳といえども軍(特に陸軍)を掌握するのは大変で、天皇と
言えども、その意向が貫徹できる状況とは程遠い状況だったのです。
(この程度にしておきましょう。)
>長くなるのでこの件、ここまでとさせてください。
了解しました。(確かにきりがありませんね)こんなところで。
ただ、昭和天皇に関する発言・見解だけは、私と相当な距離を感じていましたので、
ちょっと発言した次第です。
ただ、色々なあなたの発言から、どうも、その根底にあるのは当時の昭和天皇の実態的な
権力について、あなたの場合は相当過大に評価しているようだということ。これが、その評価に
関して相当、または決定的に影響しているらしいと私なりに判断しました。
これについて、一方的ですが、2,3の感想を付け加えておきます。
多分、昭和天皇の権力(または、天皇に対する軍人の忠誠)についての認識は、乃木大将の
殉死とか、前線の兵士が天皇陛下万歳と叫んで散っていったとか、そういうものから、無意識
の内に形成されているのかもしれません。(一般的に)
確かに、一般庶民とか、前線の兵士はそうだったでしょう。
しかし、軍の中枢となると別です。中枢というのは、陸軍であれば、陸軍省と参謀本部を
さしますが。
このあたりになると、色々です。
東条英機は、天皇に忠の部類の人でしょう。思いつくところでは、そのちょっと前の
田中義一首相(大将)もそうでしょう。そういう軍幹部も確かにいました。
田中義一首相の場合で言えば、張作霖爆破事件で、日本軍の仕業と把握し、天皇に
関係者を厳正に処罰すると上奏しながら、その後、軍部の組織防衛?の圧力に押され、
処罰せず、軽い処分ですましますと再度、天皇に上奏、天皇から「前回言ったことはどうし
たのか?」と叱責され、田中首相は天皇の信を失ったことに落胆し、総辞職しますが、
その後2,3ヶ月で他界してしまいます。心臓発作とされていますが、自殺の説もあるよう
です。
これは、何を意味するかということですが、田中首相にしろ(東条も同じですが)、天皇に
忠ですが、軍の独立した力はどうにもならない存在に既になっていたのです。
一方、軍中枢の青年将校と言われる連中、開戦時から終戦にかけて、年齢にして、30台
前半、位にして、少佐、中佐クラス、これらは過激で、全く次元が違う。自分の信念が全て
と言っても良いかも。 しかも彼らが、中枢でハバを利かしていたのです。
No.98848で述べた、近衛師団長殺害等の事件も、彼らの構想は、阿南陸相を押し立てて
クーデターを画策し、(力ずくでの)「聖断」の撤回を策動したものですが、阿南陸相がこれを受け入れ
なかったためと、東部軍(東京管轄軍か?)が全く動じなかったため、挫折したものです
が、 彼らは「聖断」だからと言って、それに服する気は毛頭なかったのです。
また、別の皇太子奪取構想も同じようなものです。まだ、10台の皇太子を形式的に押したて
国政の実権は、自分たちで思うように行うという、クーデター構想です。
ま、そんなこんなで、軍首脳といえども軍(特に陸軍)を掌握するのは大変で、天皇と
言えども、その意向が貫徹できる状況とは程遠い状況だったのです。
(この程度にしておきましょう。)
>長くなるのでこの件、ここまでとさせてください。
了解しました。(確かにきりがありませんね)こんなところで。
これは メッセージ 99012 (kurakurashichau さん)への返信です.