小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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在日は歴史を捏造するな

投稿者: fabyounkana 投稿日時: 2004/01/02 23:24 投稿番号: [98502 / 232612]
1944年11月末に徴用令を受け取った鄭忠海氏は次のように書いています。

「…後を振り返りながら、別れの言葉もそこそこに集合場所である永登浦区庁前の広場に向かった。広場は出発する人、見送る人で一杯だった。徴用者の点呼が終わると一同は隊伍を組んで商工会議所の前に集まり、各地から動員された人々と共に壮行会が催された」(「朝鮮人徴用工の手記」河合出版)

鄭氏は、その後広島の東洋工業に入社し、終戦時までここで働いて帰国しました。本書には、寄宿舎生活の様子や被爆体験、日本人との交流などが綴られています。

これは教科書が描き出す「強制連行」のイメージとはまったく異なっています。
「日韓誤解の深淵」   西岡力   1992   亜紀書房
また、いわゆる「強制連行」の実態に関しても、一般で認識されているのとはかなり違う実態があったことが少しずつ明らかになってきている。たとえば朝鮮総督府が行なった土建労働者の「官斡旋」による道外募集(いわゆる強制連行の一部とされている)では、使用者に対して賃金、待遇などで労働者を厚遇するようにかなり細かく指示している。たとえば飯場料は賃金の二分の一以下とするとされており、借金づけによるタコ部屋化を禁じている(くわしくは広瀬貞三「『官斡旋』と土建労働者」、『朝鮮史研究会論文集』第29集参照)。

また、1944年に広島の軍需工場に徴用された鄭忠海氏は90年に日本で出版した手記(『朝鮮人徴用工の手記』河合出版)の中で、新築の寄宿舎で新しい寝具が準備され、食事も十分で満足でき、仕事は日本人女子挺身隊員といっしょであり、「女性たちとの恋だの愛だのということに心をうばわれているようで、工場内の風紀は言葉にならないほどだった」と書いている。

先述のように戦争のために国家総動員法による徴用には法的強制力があった。それにより韓国人が強制連行されたが、同様に大多数の日本人も「強制連行」されたというのが歴史の真実なのである。
戦争初期には朝鮮人は日本人・台湾人に比して優遇されていたのが分かる。「官斡旋」の段階でも本人の希望で就職先を変えられることから"強制連行"というのは大げさな表現だ。

コリアン・反日左翼は「募集」の段階から"強制連行"だとしているが、当時朝鮮から日本内地へは渡航制限をしていたが出稼ぎ者が密航してまで来ていたのだ。したがって"強制連行"などしなくても労働者は確保できたのである。
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