通州事件の真相 ③
投稿者: reading_is_not 投稿日時: 2004/01/02 15:39 投稿番号: [98428 / 232612]
殺のために殺を好む
保安隊のこのやうな動機は、信義を踏みにじつても強者につくといふ、権謀術数渦巻く戦乱に明け暮れてきた支那民族特有の叛服常なき性格に根ざすものであり、信義を重大なものと考へる我が国民の到底理解し難いところである。
(注)通州人の特性
通州人は由来、軽佻浮華、軽較の術に長じ、打算的で義侠心がないと云はれる。金、元、明、清各朝の興亡史に「通州陥る」「通州降る」などの文字が見えるのもこのためだと云ふ。
通州に昔「渡橋降伏」といふ言葉があつた。敵が八里橋(通州城西門から八華里にある橋で通州八景の一つ)を渡つてしまへば降伏するに如かず、の意味である。
このやうに鼓騒城外に迫れば戦はずして通州人の心胆は氷の如く冷たくなり、忽ちにして腰を抜かしてしまふ性向があると論ずる向きもあるが(中野江漢「事変と北支の風物」、『文藝春秋』昭和十二年九月号)、通州事 件を考へる上で参考になるかも知れない。
斯かる背信行為そのものが許し得ないことであるが、仮に百歩譲つて、日本守備隊に対する攻撃は、保安隊がすでに共産思想に染まつてゐたことからして理解できる面があるにしても、無辜の日本居留民二百六十余名の惨殺は全く殺のために殺を好む鬼畜も所業であり、天人共に許さざる蛮行である。
罪なく、抵抗力もなき幼児・婦人に対してさへ、一片の憐れみの情を示すこともなく、ただ日本人であるからと云ふ理由で白昼平然と犯し、掠め、凌辱し、惨殺して行つた彼等支那保安隊は、人身を装ふ悪鬼悪獣と云はずして何と呼ぶべきであらうか。
これは メッセージ 98426 (reading_is_not さん)への返信です.
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