「 国際派日本人養成講座」より
国柄探訪: 武士道 〜 主体的なる献身
抜粋
諫言や押込は、武士の忠義の対象が藩主個人ではなく、藩と
いうより「公」的な共同体に向かっていたことを示している。
そして一身の危険、災難という私的な利害を顧みずに、公のた
めに尽くす、というのが立派な武士のあり方であった。
その背景には、江戸時代を通じて発展した公共性の理念があ
った。徳川幕府に抱えられて、家康から4代家綱まで仕えて、
儒書や史書を講じた林羅山(1583―1657)は、「天下は一人の
天下にあらず。天下は天下の天下なり」と唱えた。
熊沢蕃山(1619―91)は、武士は藩主から人馬を預かり、藩
主は領国を将軍から預かり、将軍は天下を天から預かったもの
ゆえに、主君の天職は「仁政を行ふ」ことであり、臣下の天職
は「君を助けて仁政を行はしむる」ことであるとした。
山鹿素行(1622―85)は、人君は天下万民の平和と幸福を保
障するための政治的機関であり、「忠」とは主君個人に尽くす
ことではなく、「国家天下のために」心を尽くすことである、
とした。
荻生徂徠(1666―1728)は「御政務の事柄というものは上
(君主、藩主)の私事にあらず、天より仰せ付けられた御職分
なのである。下(家臣)たる人にても御政務の事柄に関係する
ことに携わる限りは、その時だけは上(君主、藩主)と同役な
のである。家臣として藩主に少しも遠慮する必要はないのであ
る。」とした。
ここまでくると、藩主も家臣も、武士はすべて治国安民を使
命とする統治機構の一員であって、身分の上下は単に職制上の
上下に過ぎない事になる。したがって暗愚な藩主が悪政を行っ
ていたら、諫言、押込によってそれを正すことこそ、武士の責
務である、ということになる。すなわち、武士道とは公共のために忠義を尽くす道であった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog256.html めに忠義を尽くす道であった。