小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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三島事件1

投稿者: jouhoukikanin87 投稿日時: 2003/12/23 00:30 投稿番号: [96747 / 232612]
http://crest.infoseek.livedoor.net/MISIMA/MISIMA.HTM
<事件第1報から緊急出動>    <事件現場の状況>    <自決場所>


<事件第1報から緊急出動>

’75年11月25日午後12時15分。
陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監部公邸おいて、三島が逝ってから28年、その死が劇的だった為に、三島の想いを馳せた歴史は風化することなく、今でも時折、茶の間のテレビで話題になります。
私にとっての三島は、自決の現場に立ち会ったことで、今でも意識の中で風化することなく鮮明に想いでの強いものになっています。
激動の70年代の歴史に立ち会った者の使命として、ここに想いを新たに三島事件を回顧してみたいと思います。

事件当日、私は警視庁本部で、早い昼食を取り、食後の気怠い時間を持て余していると、通信司令室から公安無線に「市ヶ谷の自衛隊を学生が占拠して、総監が人質になっている」との緊急の第1報が入りました。
極左暴力学生担当デスクであった私は、学生ということで取りあえず、状況未確認ながら、上司であるY管理官と捜査用普通乗用車で市ヶ谷自衛隊にすっ飛んで行きました。
警視庁本部の霞ヶ関から市ヶ谷の自衛隊まで、サイレンも赤色灯もなく、ヘッドライトを上向きにしたまま、パトカー並にすっ飛ばし、赤信号も無視して、4分30秒で市ヶ谷の正門前に到着しました。
これは、今でも警視庁公安部の現場到着の裏記録として残っているようです。
自衛隊の正門前に到着しても事件の状況は分からず、監禁現場の陸上自衛隊総監公舎の建物を確認して、門衛の制止を振り切り、ガードする隊員に道を空けて貰い、一気に現場まで駆け抜けました。
現場に到着したときは公邸の前には、まだ人影はまばらで、事件が起きたと云う雰囲気には程遠いものでした。公邸の2階のバルコニーに面した窓にチラチラとミリタリールックの姿が見えました。目を凝らすとテレビで良く見た楯の会の制服だったので、事件を引き起こしたのは、左翼ではなく右翼の楯の会と判り、我々担当の極左の事件ではないと、ホットすると共に、野次馬根性で高見の見物としゃれ込みました。
しかし、肝心の右翼担当の公三課員は、未だ現場に到着していないので事件の情報収集と採証活動に入りました。
この時の気持ちは、得てして右翼は話題をつくるために、派手に動きますが、売名行為のパフォーマンスで終わってしまうのが常で、時間が経過すればお茶を濁して、事件も解決するのでは楽観していました。



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