「中国」vs「日本」
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2003/12/19 12:44 投稿番号: [96211 / 232612]
実際のところ、日本という国名は聖徳太子が隋の煬帝に宛てた国書の「日出る処の天子日没する処の天子に書を致す」を起源としていますが、これは支那が周辺諸国をすべて蛮族として支配しようとする傲慢さへの明白な抵抗でした。つまり「中国」がなければ「日本」はなかった。「大和」も支那の命名「倭」が小さいという意味の蔑称であったことから文字を「和」に置き換え、さらに小さくないということを示すため「大」を付けたものです。聖徳太子17条憲法「和を以って貴しと為す」は国名としての「和」のかけことばになっていると見られます。
>「差別語」は、相手がその呼称をひどく嫌っていてなおそれを使うという、相手の人格を自分と同格におかない不平等な扱いをすることを指すのではないかと思うのです。
「支那」という名称を嫌っていたのは中華民国政府であり(敗戦という事情もあって)外交文書など政府は「支那」を使用しないことと約束させられましたが、一般人が日常生活で使用する用語を制限することなどできるわけがない。まさにそれができると考えている支那政府の態度こそ「中国」を名乗る中華帝国主義の傲慢さを端的に表わしています。「中国」という差別語を強要することは相手の人格を自分と同格におかない不平等な扱い、屈辱を受け入れさせることでもあり、支那皇帝が蛮族の使節に必ず「三脆九叩」の礼(土下座)をさせた伝統に通じます。
ちなみに西欧諸国が清国に対して通商要求をするときに、どうしても耐えられなかったのはあの屈辱的な「三脆九叩」の礼をさせられることであったとされています。
最後についでですが「中国」と呼ぶべきと約束させられたのは中華民国であって、中華人民共和国ではないことにも注意しておきたいと思います。
これは メッセージ 96201 (ctg1phen1 さん)への返信です.
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