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公明党の本質から目を逸らせてはならない

投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2003/11/19 21:19 投稿番号: [93268 / 232612]
公明党の本質から目を逸らせてはならない
投稿者 ふむふむ 投稿日時 2003-11-19 15:28:24 (137 ヒット)


西村眞悟氏の時事通信が更新されました。
二大政党制という幻想・・・公明党の本質から目を逸らせてはならない
No.136   平成15年11月18日(火)
   実態を見つめる訓練の必要性
  このたびの選挙が終わって、「二大政党制」の時代になったというマスコミ論説が賑わった。
この説は、西欧流のモデルが日本にも出現してきたとする考えからきている、と思われる。

果たして、そうか。では、二大政党制の二つの政党とは何か。
自民党と民主党と想定されているのか。
そうならば、公明党は・・・見えているのかいないのか。

つまり、二大政党制論者は、公明党という存在をことさら捨象した上で、論を展開しているのだ。
 
実態は、公明党と合体した与党自民党と野党民主党が存在するのだ。
 
では、公明党とは何か・・・
それは、宗教団体である創価学会と不可分一体の政党である。
  創価学会がなければ公明党は存在しない。創価学会は、公明党という政党を作り維持し選挙を支えている。
 

創価学会と公明党という名称は、宗教面と政治面で使い分けられたレッテルであるにすぎず、この実態は宗教・政治にまたがった一体の存在である。
 
したがって、創価学会のカリスマ的指導者は、池田大作氏であり、創価学会の指導者は、即、公明党の指導者である。
 
さて、西欧流の民主主義においては、宗教的権威が政治を通じて世俗的権力を握ることからくる危険性と不合理を克服するための歴史を持っている。
 
つまり、ローマ教皇の権威と権力からの独立が、近代国民国家の誕生となった。
 
これは、聖書において、キリストが「カエサルのものは、カエサルに返せ」と述べ、信仰と世俗的なカエサルの権力とは明確に一線を隔したことにも適うことであった。
 
そして、西欧流の民主主義においては、宗教的権威と世俗的な政治の世界は、次元が異なるという観念を前提にして、政治の世界における政党が運営されている。

したがって、この西欧でうまれた二大政党制のモデルと現在のわが国の実態とは、まったく異なるのである。
 
つづく
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